「ホント、エンジュっていい思い出無いわ…」
思わず呟いた言葉は静かな空間に吸い込まれていった。ギシギシ悲鳴を上げている焼け焦げた床は追っ手に私たちの居場所を教えてるんじゃないかってくらいにうるさく聞こえて、より慎重に隠れ場所を探して歩く。空気が外と全然違うのは私の緊張からなのか、それともこの場所に特別な何かがあるせいなのか。私に手を引かれて後ろを歩くルーも不安みたいで、辺りをきょろきょろと見渡していた。
黒いコートの集団に追われた私たちは、エンジュシティの観光地にもなってる焼けた塔に逃げ込んだ。幸い大雨の影響か入り口は封鎖されていたから中に人はいないし誰かを巻き込む心配も無い。焼け崩れたままのここなら私たちが身を隠す場所があるかもしれないしね。
「ルー、そこ穴あいてる、気を付けてね」
「う、ん・・・」
どうしてこの子は追われているんだろう。やっぱり、ポケモンの声が聞こえるっていう力のせいかしら。
第一印象はちょっと変わった格好の女の子って印象だった。どこか人と違う何かを感じて、興味が湧いて…でも、勝手に連れて行ったコラッタを腕に抱いて泣いていたマルルーモを見て、ちょっと自分の好奇の目を反省したんだ。私が今まで出会った事が無いくらい単純に優しい子なんだって。リオがルーを放っておけない理由がわかった気がした。
一昔前の私なら、絶対こんなことしなかった。お金にならないことは、利益にならないことは絶対避けて通ってた。
「モココ、ゴース、あいつらの気配したらすぐに教えるのよ?」
「モココッ!」
「ゴーッス」
辺りを警戒しながら後ろを歩いている二匹に声をかければ各々返事をしてくれた。ちょっと声が大きかったモココに、ゴースは叱るように軽く体をぶつけていた。
「ルーも、私たちから離れないでね」
リオもこうして、彼女を守ったことがあるんだろうか。私がコガネジムからバッヂを持って戻ったとき、二人はボロボロでリオなんか泥だらけで…。私がジムで戦っていたときに二人も何かと戦っていたんだろうと、今更思う。
「…ルエノ」
ルーがちょっと震えた声で話しかけてきた。軽く後ろを見ると、前髪で隠れて見えない目で見つめられているのがわかる。
そういえば、私はこの子の目をちゃんと見たことがない。いつも長い前髪で覆われていて、一緒にお風呂に入ってもそれはそのままで。今だってちょっと強張ってる口元しか見えない。
「私が…あの人たちの、ところに…行ったら…」
「だめ、絶対だめよ。一度捕まったら逃げられる可能性はすっごく低いからね。あっちは大人で大人数だし、何されるかわかったもんじゃないわ。ちゃんとした大人ならこんな襲うような真似してまであんたを迎えに来ないの。まだ自由にリオと一緒に旅をしてたいなら逃げる、わかった?」
か細い声にルーの考えてることがわかって、ちょっと苛立ちながら一気に捲し立てれば、言われた本人は大人しく頷いてくれた。
少し一緒にいただけなのに、リオのお節介が移ったのかもしれない、と思う。よくわからないけど、リオとマルルーモには笑っていてほしいと思うようになっていた。二人といると、自分の心の汚いところが全部太陽に照らされるみたいに明るい色になって、辛いこととも向き合える気がする。だから私にも旅の目的はあるのに、ついつい二人と一緒にいるんだと思う。
「モコ…」
少しぼんやりし始めた頭を覚醒させたのはモココの声だった。前を見れば通路はそこで終わっていて、代わりに下に続く階段がある。暗がりの中目を凝らしてみるけど、階段の先までは見えなかった。
「…え…?」
しっかり掴んでいたはずの温もりが離れる、ルーが私の手を離して階段に駆け寄って、それをゴースが追いかけた。
「どうしたの?」
「…声…声が聞こえて…」
「ポケモンの?」
「多分…でも…」
そわそわと落ち着かない様子のマルルーモに首を傾げる。私には何も聞こえなかったから、きっとポケモンの声なんだろうけどどこか自信がなさ気だ。
「いつもと、違うの…皆の声と…少し…」
「…確かめたいところだけど…下はここよりもっと暗そうよ?危ないわ」
彼女の隣に並んで階段の下を覗いてみる。微かには見えるけど全てが見えるわけじゃないから何があるかわからなかった。
「!モコッ!」
突然モココが私の鞄をぐいっと引っ張って、私たちが歩いてきた通路の奥を向いた。耳を澄ましてみれば微かに聞こえるたくさんの靴音にポケモンの足音。
「追いつかれたかしら…」
引き返したらきっと見つかってしまう。階段の下に降りて、モココの明かりで進むのもその明かりで見つかってしまう。考えながらモココを見れば、何故かやる気のある目をしていた。
そうだった、私たちはいつも、そうやって色々乗り越えてきたんだ。
「…ここなら一本道だし、大丈夫よね?」
そう笑みを浮かべれば
「モココーッ!」
敢えてなのか大きな声で飛び跳ねる私のパートナー。
「ルー、階段に隠れてて?私が戻るまで絶対動いちゃだめよ」
ルーの腕を引いて少し階段を下る。上から見えないだろうところでルーを座らせてゴースを抱かせた。
「ルエノ…?」
「すぐ戻るからね」
頭を一撫でして、階段を駆け上った。そして通路の奥を睨んで、隣で同じようにしているモココに声をかける。
「本気の本気、出していいわよ」
バリッと電気を少し放出したモココは勢いよく、そして勇ましく頷いた。
階段が見えないくらい離れたところまで走れば、ちょうどよく前方からたくさんの足音が聞こえてきた。鞄から一つボールを取り出して、モココの隣へと投げれば私のもう一匹の自慢のポケモンが姿を現す。
「お願いね、ゴンベ!」
「ゴンゴンー!」
「さぁ、いくらでもかかってきなさい!ここから先へは絶対行かせないから!」
暗闇から姿を現した黒いコートの集団に私はそう叫んでバトル開始を告げた。






「………痛っ!?」
雨音が少し弱くなって静かになった部屋の中。うつらうつらと襲いくる睡魔に従って仮眠中の僕を現実に引き戻したのは、いつも研究の手伝いをしてくれるコイルだった。軽い電撃を食らって飛び起きた僕を面白そうに見下ろしている。
「はぁあ…」
思わず深い溜め息をついてクッションに沈んでいた頭を掻き毟る。やっと寝られると思った矢先にこれだ。いたずらっ子なコイルに悪気はないんだろうけど、正直睡眠を邪魔されるのはとっても困る。
何せ僕はずっと集中治療室に引き篭もってブビィの容態を見守っていたからだ。ジョーイさんには他に仕事があるし、パートナーと言ってもリオ君たちはまだ子供で、それにあんなに仲が良さ気だった相棒の辛い姿を見ていられないと思う。引きかえ僕は研究者で少しは自由だし、急ぎの用もない。専門的な知識もあるし適任だ。
彼らとは少しの付き合いだけど、興味深いトレーナー達だと思っている。これまで出会ったトレーナーにはない何かを彼らは持っている。研究者としても、僕個人としても長く付き合っていきたいと思っていた。だから大人として、陰から支えてやらないとと柄にもないことを思うようになった。
「なんで起こしたんだい…僕はまだ…」
「ロジーさん!!」
ノックもしないで部屋に飛び込んできたのは、少し仲が良くなっていたジョーイさんだった。いつもの穏やかな表情とは裏腹な顔色をして息を荒げている。何か相当な問題が起きたみたいだ。
「大変、なんです…!」
「落ち着いて、話してください」
横たわっていた体を起こして座りなおしジョーイさんと向かい合う。ソファの前にある机に無造作に投げていた白衣に手を伸ばしながら。
「それがっ…ブビィが…」
伸ばした手は白衣を掴まずに、僕をソファから立たせるために動いた。詳細を聞かないで飛び出した僕は、病院は走っちゃだめとか言う大人の決まりを投げ出して緊急治療室へ走った。
軽い音と共に開いたドアが僕に見せた光景は予想外で、言葉を失う。
「…どうして」
追いかけてきたジョーイさんが僕の後ろで肩で息をしながら、泣きそうな声で呟いた。
「どこにも…いないんです…」
床に落とされたたくさんの管、それを通す主人がいなくなった機械が静かな部屋に空しく音を響かせていた。







「モココ、でんきショック!ゴンベはたくわえて!」
黒いコートのやつらのデルビルは次々と出てきて、さっきからずっと戦っているのに数が減っているように見えなかった。
いつもの公式バトルと違うこの戦いは、相手が強行姿勢なせいで一対一なんて生易しい戦い方じゃなくて。それでも頑張ってくれてるモココとゴンベをいっぱい褒めてあげたいところだけどそれどころじゃない。
相手の手が緩まない。思ってた以上に敵は本気みたいで、普通聞こえてくるトレーナーの指示がなかった。黒いコートの人間はただぼさっと突っ立ってボールを持っているだけ、デルビルたちが好き勝手に襲い掛かってくる。隙があれば、私にも攻撃をしてきそうなくらいに。
「もうっ・・・モココ、これ食べて!」
デルビルの炎に倒れそうになったモココにオボンのきのみを投げる。それを受け取ったモココはすぐに丸呑みしてデルビルを睨む。
丸呑みはだめっていつも言ってるのに、あの子ったら・・・!
「正攻法じゃ無理よ・・・考えて、私・・・!」
バトルが繰り広げられている場所によく目を凝らす。でもデルビルたちの激しい攻撃のせいでバトル以外に集中なんて出来なかった。
「ゴンベ!かいりき!」
床に落ちていた燃えた木材を持ち上げたゴンベは、隙が出来ていた一匹にそれを投げ飛ばし下敷きにする。さすがに疲れたみたいで、呼吸が荒いように見えた。
「モココ、わたほうし!隙を見てでんきショックよ!」
モココが出したわたほうしに視界を奪われた二匹に、でんきショックが直撃し倒れる。さっき食べたきのみのおかげか、モココは少し元気になったみたい。
デルビルが三匹倒れたのを見た一人の黒コートの男が、ポケットからまたボールを取り出して新しいデルビルを出してきた。倒れたデルビルたちはすぐボールへと戻っていく。
「ホント、キリないわね・・・!」
元気が有り余った新しいデルビルたちに、私もモココもゴンベも思わず怯む。こんな連戦なんかしたことないし、私たちにだって限界がある・・・回復だってずっと出来るわけじゃない。
「モコー!!」
モココが私を見ているのに気付いた。その目は諦めなんか知らないみたいに、真っ直ぐで。
「・・・そうよね、ここで挫けちゃ、顔向けできないわよ!」
さっきもその目に元気付けられて、今また励まされた。そうよね、投げ出したり、諦めるのは私らしくないわよね、モココ!
「モココ、遠慮なんかいらないから全力でうちまくって!!」
モココの周りに電流がほとばしる。一気にとっしんしてきた四匹のデルビルたちに向かってモココが電撃を放った。次々と倒れたデルビルだったけど、一匹にだけ避けられて隙が出来たモココに勢いよくぶつかってきた。
「モココ!」
しかしモココはびくともしない。よく見れば、寸でのところでゴンベがモココを庇うようにデルビルの頭を掴んで止めていた。
「ゴンベ、そのままかいりき!」
「ゴーンーッ!!」
頭を掴んだままデルビルを持ち上げたゴンベは、壁に向かってデルビルを投げ飛ばした。壁に叩きつけられたデルビルは悲鳴を上げ、地面に倒れる。
一息つく間もなく、モココの電撃で倒れていたデルビルたちが起き上がりこちらに視線を向けた。
「来るわよっ」
モココが電撃を放ち、ゴンベがデルビルたちへ突進していった。でも、突然そのゴンベの体がふらつく。
「っ・・・!」
咄嗟に鞄のきずぐすりを入れているポケットに手が伸びる。でも、デルビルが今だとゴンベに炎を吐き出し、それをもろに食らったゴンベは地面に転がり倒れてしまった。
「っ・・・ゴンベ・・・ごめんね、間に合わなかったわね・・・」
これ以上は戦わせられない、ゴンベをボールに戻してそう呟く。これで私が頼れるのはモココだけになってしまった。当のモココがまだまだやる気満々なのが救いだわ。
「でも、さすがに・・・」
一向に減らない相手の数。モココだけじゃ多勢に無勢・・・そう思った時だった。
「ゴーッ!!」
私の後ろからたくさんの黒い何かが通り過ぎデルビルたちにぶつかる。ポケモンの技だと気付いて振り向けば、暗がりから見知ったポケモンがこちらに飛んでくるのが見えた。
「ゴース…あんた・・・」
普通のゴースより一回り小さいゴースなんて、あの子のパートナーだけ。マルルーモのゴースは私の周りを一回りするとモココのほうに飛んでいき隣に並んだ。
「・・・来ちゃったもんは仕方ないわ、私の言うこと聞いてよね!!」
まだ戦える、そう確信した私はぐっと拳を握って私の前に勇ましくある二匹を見た。
その時、突然デルビルが一鳴きする。何をするつもりだろうと警戒すると、後ろにいた黒コートのトレーナーが一つのボールを取り出し、それを投げた。
そのボールからは、デルビルと似た姿をした、だけどデルビルより大きい、進化した姿のヘルガーが飛び出してきた。
「ここで登場なんてね・・・」
思わず呟いた私に、ヘルガーは威嚇するように牙を向けた。
ゴースが参戦してくれたといっても、相手は悪タイプのポケモンしかいないからゴースの技では大きなダメージを与えることは出来ない。
「・・・そうだわっ」
ふと思いついてゴースを見る。マルルーモがバトルを好まないから、この子がどこまで成長しているかわからないけど・・・試さなきゃわからないわよね。
「ゴース、さいみんじゅつ!」
そう私が叫ぶと、ゴースは近くにいたデルビルに向かって手から出した光の輪のようなものをぶつける。それがデルビルの体にとりつくように吸い込まれた途端、デルビルがぱたりと倒れて寝息をたて始めた。
「いい感じよ!何体かやっちゃって!」
次々とデルビルを眠らせていくゴースに危機感を覚えたのか、ヘルガーが飛び掛ろうと駆け出した。
「モココ!でんきショック!」
そんなヘルガーの隙に、モココがすかさず電撃を浴びせた。倒れはしなかったものの怯んで後退するヘルガー。
その間にもデルビルたちが眠っていき、その場にはヘルガーだけが残る状態になった。
「モ、コ・・・」
「モココっ踏ん張って!」
流石にふらつくモココに酷だとわかっていても渇をいれる。この場でヘルガーを倒せるのは、モココしかいないんだから。
そんなモココにヘルガーが攻撃をしかける。モココに向かって一直線に口から大量の炎を吐き出した。
「っモココ、避けて!」
その炎は思った以上に大きくて、受け切るなんて今のモココには無理だった。そう叫んだものの足がうまく動かないモココは逃げ遅れてしまう。
「モココッ!」

「どけぇぇ――――っ!!!!」

突然その場に響いた怒鳴り声と、モココの頭上から降り注いだ大量の水。その水はモココに直撃したであろう炎を音を立てのみ込み、辺りを水蒸気の煙に包んだ。
唖然としていると、その煙の中にさっきまでいなかった一匹のポケモンの姿が見えた。
「な、なんでここに・・・!?」
暗がりでも目立つ真っ赤な甲羅に三本の角、そして自慢げに振り上げられたハサミは見間違うはずもない、アイツの、パートナーポケモンで。
「ルエノっ!」
煙の中からこっちに駆け寄ってきたのは、ポケモンセンターでずっと落ち込んでると思ってたリオと、ヘイガニの主人のアグアだった。
「リ、リオ・・・!と・・・色魔」
「助けてやったのにそれか守銭女」
あの水はヘイガニの技だったみたいで、お礼が言いたいのかモココがヘイガニのハサミに手を置き握手をしているみたいだ。
「どうしてここにいるのよ、それに・・・リオ、あんた・・・」
ポケモンセンターで見た彼の姿が嘘のように、リオはいつもの顔つきに戻っていた。泣きそうに歪んだあの顔が、今は笑顔で・・・なんだか私にはそれが辛かった。
「いつまでもウジウジしてらんないだろ?ブビィに笑われちまうって。それに、二人が追われてるって聞いてジッとしてられるわけねぇよ」
「あ!そうよ、ルーはこの先の階段に隠れてるから迎えに行ってあげて!私はこいつらと決着つけるから!」
奥の暗闇を指差した私は、煙の中でこちらの様子を伺っているヘルガーと黒コートの連中を睨みつけた。
「さっきやられそうになっていたのに、何を偉そうに」
「むっ・・・あんたもさっさと行っちゃいなさいよ、可愛い可愛いお嬢さんを守りにね!」
やれやれ、といった感じでこっちを見てくるアグアにムカっとして思わず悪態をつく。なんでかわからないけど、ホントこいつ気に食わないのよね。
「ルエノ、無理するなよ。俺たちだって戦う!」
リオまでそう言ってきて、私たちがさっきまでどれだけ追い込まれていたか改めて実感する。
「こいつら、ルーを狙ってるのよ?私が守られてその隙にルーが連れて行かれたら、それこそ敵の思うつぼかもしれないじゃない!」
「ならリオ、お前は行け。僕は残る」
「はぁ!?」
すました顔で私の隣に立ったアグアに思わず声が裏返る。少し私より高いところにある顔を睨みつければ、綺麗な笑顔を浮かべていた。
「あのお嬢さんが、自分を庇ってお前が怪我をした、なんて思ったら可哀想だからね」
「ほんっと、嫌な奴!」
思わずガッと綺麗な靴を思い切り踏みつけてやる。少しうめき声を上げたアグアを鼻で笑うと、後ろでゴースに擦り寄られていたリオを見る。
「リオ、行って。ゴースも連れて行っていいから」
「・・・悪い、頼んだぜ!」
ゴースと一緒に走り出したリオの後ろ姿を見送ってから、アグアの足を踏んでいた自分の足を地面に戻す。そして鞄から出した、一個しか持っていない高級なきずぐすり、すごいきずぐすりをモココに使ってあげた。
「足、引っ張んないでよね」
「お前こそ、やる気だけ空回りさせるのはごめんだ」
すっかり元気になったモココはヘイガニと並んで敵を睨む。ゴースのさいみんじゅつが解けたデルビルたちが起き出して、また振り出しに戻ったように感じた。
でも、さっきと違って、負けるかもしれないなんてことは一欠けらも思わなかった。
「いくわよモココ!でんきショック!」
「ヘイガニ、思う存分見せ付けてやれ。バブルこうせん!」








黒いコートのトレーナーたちとデルビルに襲われていたところを発見してギリギリ助け、更にバトルで足止めするとその場に残ったルエノと俺に着いてきてくれたアグア。
二人に感謝しながら俺は暗い焼けた塔の中を走った。ゴースが案内するように俺の前を飛んでいる。といっても一本道で、すぐにルエノの言っていた階段は見つかった。
「ルーッ!」
階段に隠れている、とルエノは言っていたが、階段の付近にもルーの姿はなかった。もしやもうあいつらに捕まったんじゃ、と嫌な想像が頭を過ぎるが、ゴースがふわふわと階段を降りていってしまったのを見て慌てて俺も追いかけた。
「ゴース?ルーがいるところが、わかるのか?」
階段を降りきると、ゴースは迷うことなくどこかに向かう。その先を視線で追うと、天井が崩れて空が見える場所に見知った紫の髪が見えた。瓦礫の中なのに空から降る小雨のせいでそこだけまるで異空間のように見え、よくわからない不安が心に芽生える。足元を取られないように急いで近くに行けば、俺に気付いていないルーが呟いた。
「時間が、ない・・・」
何の、時間が?俺はルーに一気に駆け寄ると、やっと俺に気付いたルーの腕を掴んで力強く抱きしめていた。
「ルーっ・・・良かった、無事だ・・・」
「え、え・・・?リオ・・・?」
ルーが戸惑っているのが伝わってきたけど、俺はルーがここにいるってことを確かめ続けた。
少ししてゴースが俺の頭をつついてきたからルーから少し離れてみると、何故かルーが頬に両手を当てて背中を向けてしまった。
「?ルー?どうかしたか?あっ怪我したのか!?転んだとか!?」
「ち、違う・・・怪我は、ない・・・」
「そっか、良かったぜ」
小雨に濡れることも全然気にならなかった。ルーの濡れた髪を撫でれば心の緊張が解けていく気がした。
「ルエノ、は・・・?」
ルーが不安げに聞いてくる。ルエノが自分を守って上に残ったことを心配しているんだろう。
「大丈夫だ、今はアグアも一緒に戦ってるからさ」
「アグア・・・も・・・」
いつものようにゴースを腕に抱えて撫でる仕草に、心を落ち着かせようとしているんだろうかと考えた、その時だった。
何か大きな翼の羽ばたく音が頭上から聞こえてきた。驚いて上を見上げれば、小雨の中を飛ぶ一匹のポケモンが見える。そのオレンジの体と緑の翼膜に、見覚えがあった。
「あれは・・・!」
天井の穴から塔の中に入ったそのポケモンは、激しい風をたてながら俺たちから少し離れたところに着地した。その背中に乗っている人物こそ、俺の旅の目的で。
「父さん・・・」
素直に喜べない自分がいた。捜していた、だけどあの日の森での再会を思い出してどうしていいかわからない。そんな俺に父さんは微かに笑みを浮かべ、リザードンから降りて俺たちと向き合った。
「リオ、もうすぐなんだ」
背筋がぞっとした。俺が捜していた父さんとはまるで別人のような、冷たい笑みを浮かべていたから。
「父さんの夢が、もうすぐ、叶うんだ」
「な、何言って・・・」
「リオ、協力してくれ」
すっと父さんが俺に手を差し伸べる。離れたところにいるのに今にもその手に捕まるんじゃないかって恐怖心が浮かんで、思わず自分の服を掴む。
そして、父さんが続けた言葉に俺はもっと心臓が痛くなる気がした。
「その子を連れてきてくれ」
「なっ・・・!」
笑みを浮かべたままの父さんに、俺は体が動かなくなる感覚を身をもって知った。
ルーが俺の後ろに隠れ、ゴースが俺より前に出て威嚇するように睨んでいる。リザードンが父さんの隣に立って余裕の表情で見下ろしてきた。
「でも、まだわからないんだ・・・父さんが確信するデータがないんだよ」
「・・・父さん」
やっと言葉を紡いだ俺の口は、核心をつこうとした。
「黒いコートの連中は・・・父さんの仲間・・・?」
父さんは何も答えなかった、俺に差し出した手はそのままに笑顔を浮かべたまま。それが俺の質問を肯定しているんだって、直感でわかってしまった。
「なんでっ・・・」
どくんどくんと自分の早鐘のような鼓動を感じる。怒りからか、顔が熱くなるのも。
「だから、協力してくれ、リオ」
そう父さんが言った途端に、リザードンが翼を動かして風を巻き起こした。足を取られそうになり思わず近くの瓦礫にしがみつく。
「なんでなんだよっ・・・父さんッ!!」
「リオ・・・!」
違う瓦礫にしがみついたルーが、俺に手を伸ばしていた。ゴースがリザードンに攻撃し翼を止めようとするが、炎を吐かれて技が当たらない。
俺はルーの手を掴もうと必死に自分の体を片腕で支えながら腕を伸ばした。
「ルー!・・・ぁぐっ!?」
更に強まった風に、ルーの手を握る前に瓦礫を掴んでいた手が離れて俺は吹き飛ばされた。
「リオッ!」
ルーの悲鳴のような声を聞きながら地面に転がった俺は、すぐに近くの瓦礫を支えに立ち上がる。ぐっと頬についた泥を拭いさっきよりも離れたところにいる父さんを睨んだ。父さんが俺に差し出したままだった手を降ろすと、リザードンは翼を止めこちらの様子を伺うように佇む。さっきよりは頭が冷静さを取り戻していた。
「何がなんだかわかんねぇけど・・・無理やりルーを連れて行こうって言うんなら、父さんでもさせねぇ!」
駆け寄ってきたルーを背中に隠すように引っ張り、隣に浮遊するゴースと目を合わせ頷く。
「ルー、また一人にさせちまうけど・・・ここから逃げてくれ!」
「で、もっ・・・」
「いいからっ早くっ!」
正直この状況でルーを守れるかわからなかった、でも俺に退く気はない。背後のルーの気配が離れるのを感じてから、俺は深く息を吐いた。
「行くぜ、ゴース!」
上空に飛び上がったゴースは口から禍々しい色の玉をリザードンに放ち、俺は父さんに向かって一直線に走り出した。一発ぶん殴れば目を覚ますかもしれない、そんな微かな可能性にかけて。
しかしリザードンはゴースのシャドーボールを炎で打ち消すと、俺に向かって爪を振り下ろした。
「あっぶね・・・!」
寸でのところで踏み止まった俺は目の前に振り下ろされた強靭な手に肝を冷やす。でも体勢を直す間もなく振り回されたリザードンの尻尾で俺の体は横に吹っ飛んだ。雨でぬかるんだ地面に叩きつけられ、悲鳴を上げる自分の体に脇腹を押さえる。
「っ・・・丈夫だけが、取り柄なんだけどな・・・」
「リオ、やめるんだ」
「父さんこそ、もうこんなことやめろよっ!」
俺の記憶にはない淡々とした声のまま俺を呼ぶ父さんの声に思考が乱されそうになる。ゴースが必死にリザードンを攻撃しているのが見えて、俺もまた立ち上がってぎゅっと拳を握った。もしかしたらこの人は父さんじゃないのかもしれない、なんて馬鹿な考えが思い浮かぶ。
「リオ・・・もう、炎は怖くないのか?」
「・・・!」
浅はかな考えはすぐに吹き飛ぶ、この人は俺の父さんなんだ。少し怯んだ俺にリザードンが威嚇するように炎を足元に吐いた。
それに驚き足元を滑らせ、俺は尻から転んでしまう。地面に手を付いて見上げれば、すぐ近くにリザードンがいて俺と目が合った。後ろにいる父さんの姿は俺の目には映らず、ただリザードンを睨むことしかできない。
「残念だ」
残念なのは俺のほうだよ。ずっと捜していたのに、折角また会えたのにこんなんばっかだ。何を考えているのかも何をしようとしているのかもわからない。母さんも俺も放っておいて、家に帰ろうともしないで、なんでルーを狙うんだよ。
リザードンが片手を振り上げたのを見て、来るであろう衝撃に思わず目を強く閉じた。

「どうして・・・こんなことをするの・・・」

聞こえた声に思わず目を見開く。目の前にリザードンの爪があって驚くけど、何より声がしたほうを向いて驚愕した。
「・・・ルー・・・?」
逃がしたはずのルーは何故かこの場にいて、リザードンとの戦いで傷だらけになったゴースをいつものように腕に抱いて俯いていた。でも、雰囲気が違う。
吹き抜けた場所といっても風はまったくない、のにもかかわらずルーの髪は風になびくように揺らめき、足元の小さな瓦礫がカタカタと音をたてていた。
「皆を・・・リオを、傷付けないでッ・・・!」
ぶわりとルーの足元から舞い上がった風はルーの前髪を揺らし、俺の好きな晴天の色が、覗いた気がした。
呆然とそれを見ていると、ルーが片手をリザードンのほうに向けた、その途端。
上から吹き荒れた炎がリザードンを襲った。突然のことに父さんも思わず後退り、リザードンも俺から離れる。ルーがやったのか、とそっちを見るけどルーも何故かぽかんとしていて。
何も出来ずに固まっている俺の足元に、上から何かが着地した。その後ろ姿はここにあるはずのないもので、思わず熱くなる目頭にぐっと力を入れて堪える。そいつは振り向いて俺に顔を見せた。傷だらけのままの体に、俺とお揃いの羽飾りを揺らして。
「ブ、ビィ・・・っ」
思った以上に掠れた俺の声に、ブビィは小さく笑ったように見えた。動ける状態じゃないはずなんだ、あんな苦しそうにしてたんだ、なのに・・・。
俺が何かを言い出す前に、ブビィはさっさとリザードンと向き合った。止めようと立ち上がるが、俺の言葉を待たずにリザードンと戦い始めてしまうブビィに息が詰まる。
「まだ、治ってないだろ・・・っ」
自分の無力さを実感してしまう。結局は何も出来ないんだ、あんな体で戦っているブビィを止める術も、リザードンを退ける力も俺にはない。
バトルから目を逸らしかけた俺の隣に、ルーが駆け寄ってくるのがわかった。
「・・・ルー・・・あいつ、何を考えてるんだよ・・・自分が大変なときに何で、ここまで来たんだよ・・・父さんも、ブビィも、何を考えてるか俺にはっ・・・」
「お父さん、は・・・わからない・・・でも」
そっとルーが俺の手を握った。その瞬間、コガネの地下道で味わった感覚がまた俺を包む。リザードンが巻き起こす炎と風、地鳴りが遠くに聞こえて、代わりに俺が望んだ声が聞こえてきた。

− オレが守るんだ・・・!  オレが守らなきゃいけないんだ・・・! −

「ブビィ・・・なのか?」
必死に何かを守ろうとする声が頭に響く。リザードンの攻撃を食らったブビィは地面に叩きつけられ、苦しそうに胸を押さえながら立ち上がった。
「ブビィっ無理しなくていいんだ!」
炎を吐こうとするブビィは、やっぱり何かを気にしてか本気を出しきれず抑制した炎をリザードンにぶつける。でもそれで怯む相手でもなく、あっさりと打ち消されてしまう。
「ブビィ・・・どうして、我慢してるの・・・?」
ルーのその言葉に脳裏にある光景が蘇る。

− オレの炎は リオを 傷付けた −

それは昔、初めてブビィと会った日のこと。
父さんが研究所から連れて帰ってきたポケモンの中に、ブビィはいたんだ。人に懐かないとかで父さんが引き取ることにしたらしい。俺は初めて見た種類のポケモンに興奮しつつ、ブビィと仲良くなりたくて一緒に遊ぼうとした。どれだけブビィが人を怖がっているのかを知らずに。
腕を広げて思い切り抱きしめた俺の腕に、驚いたブビィが炎を吐き出したんだ。
俺の左腕には消えない火傷痕が残った。なんだかんだとブビィと仲良くなれたから、俺としてはまったく気にしていない傷だ。
それをブビィが今までずっと引き摺っていた事実を、今やっと知ったんだ。
「・・・ずっと・・・我慢して、たのか・・・?俺を、巻き込まないように・・・?」
ルーに握られている手が震えた。それを支えてくれるように、ルーが両手で包み込んだ。
戦い続けていたブビィが痛みに耐え切れなくなったのか地面に倒れ、俺はルーの手を離して駆け寄った。いつもより小さく見える体をそっと支えて抱きしめれば、ブビィの手が俺の肩を叩いた。
「馬鹿、だろ・・・俺も、ブビィのこと、全然わかってなかったけど・・・お前も俺のこと、わかってねぇよ・・・」
「ブ、ビ・・・?」
小さく鳴いた俺の相棒に、少し離れて顔を見る。正直見てらんないくらいお互いボロボロだ。
「俺だって、守りたいんだ・・・腕の傷なんか、全然気にしてないっていうか、たまに忘れるくらいだし・・・」
リザードンがとどめを刺そうとしているのか、ゆっくり俺たちに近付いてきた。でも今は言葉を伝えたい、その思いで喋り続けた。
「もう我慢しなくていい、俺のこと気にしないでブビィの好きなように体を動かしていいんだ・・・」
ブビィが俺を見上げた。その目はさっきの今にも閉じてしまいそうな暗い目と違って、大きく見開かれ俺をしっかり見てくれている。
「お前の炎なんか怖くないんだよ、少しくらい火傷したって今まで通り気にしない」
リザードンが目の前に迫り、俺たちを見下ろして深い息を吐いた。それを見上げてから、思いっきり息を吸って叫んだ。

「俺はッ!ブビィの炎がどんなポケモンの炎よりも大好きだッ!!!」

俺の腕の中の小さい体が眩い光を放ち俺たちの目をくらませる。思わず手を離したその光は徐々に大きさを変え、座っている俺の座高を追い越していった。その光の塊から溢れ出した炎は渦を巻いて吹き抜けた空へと舞い上り、まだ残っていた少しの雨雲を吹き飛ばす。
太陽の光の下、俺の目の前に現れたのは、ブビィが心の枷を外した姿だった。
俺と同じくらいの身長になったそいつは、座ったままの俺に手を差し伸べた。その手をしっかり掴んで立つと、並んでリザードンのほうに視線を向ける。
「やるぜ!・・・ブーバー!」
「ブーッ!!」
真っ赤な炎を口から軽く地面に噴出したブーバーは、やる気に満ちた顔をしていた。
「いいデータがもらえたよ、リオ」
そんな中父さんの暢気にも受け取れる声が聞こえてきた。表情を伺えば満足そうに笑っている。
「やっぱり、その子みたいだ」
「絶対渡さねぇ!ブーバー、ほのおのパンチ!」
勢いよく自分の拳同士をぶつけたブーバーはリザードンに向かって突進していく。翼を羽ばたかせ飛ぼうとしたリザードンだったが、ブーバーが地を蹴って飛び上がりがら空きだった背中に炎を纏った拳を叩きつけ、苦しそうな鳴き声を上げ地面に激突した。
「ゴースが頑張ってくれたからな・・・少しはこっちが有利なはずだぜ!」
ルーに抱かれたままのゴースを見てそう言えばルーがそっとゴースの頭を撫でた。意識が戻っていたのかゴースが嬉しそうに小さく声を出したのが聞こえる。
「お前が溜めに溜めた炎、食らわせてやれ!」
そう俺が言うと、ブーバーは振り向き俺を見て力強く頷いた。それに頷き返せば、ブーバーは体勢を整えているリザードンの懐に潜り込んだ。
「いっけぇぇええ!!」
ブーバーが口から吐き出した炎は凄まじく、全身から溢れているんじゃないかという量の炎がリザードンを包み込んで見えなくした。
程なくして消えた炎の中から、倒れたリザードンとガッツポーズを取るブーバーが現れ思わず俺も声を出して喜ぶ。
「よっしゃあ!」
「・・・」
何も言わずリザードンをボールに戻した父さんは、白衣のポケットからまた違うボールを取り出してポケモンを出してきた。
鳥ポケモンのピジョットだ。父さんがその背中に飛び乗ると、すぐにピジョットは翼を羽ばたかせ宙に舞う。
「リオ、その子を渡す気はないんだな」
「当たり前だ!何企んでるか知らないけど、俺は父さんに協力する気は一切ねぇ!」
そう俺が言い放ってやると、父さんは何も言わずにそのまま吹き抜けから飛び立ってしまった。
日の光が差し込むその穴から晴天を眺め、一息つく。そしてふっと力が抜けるのを感じて、その場に大の字に横たわった。
「!リオ、大丈夫・・・?」
それに驚いたルーが駆け寄ってきて、思わず大声で笑った。すると隣に見覚えのないポケモンの脚があって見上げる。まだ流石に見慣れないブーバーが上から俺を見ていた。
「・・・大きくなりやがって」
憎らしげに呟いてから足を軽く叩くと、ブーバーはかがんでお返しと言わんばかりに俺の頭をぐちゃぐちゃに撫で回した。
「リオー!ルー!」
遠くから高い声が聞こえてきて、上半身を起こしてそっちを見る。ルエノが高く上げた手を振ってこっちに走ってきていた、もちろんその隣にはモココがいて、無事に追い払えたんだと安心する。その後ろからは少し服を汚したアグアと疲れたようすのヘイガニの姿もあった。
「えぇっ!?なんでブーバー!?ま、まさか・・・」
「そのまさか。ブビィだ」
近くにきたルエノはブーバーの姿に驚いていたがすぐに感づいたようで、ぺたぺたとブーバーの体を触り始めた。
「へえぇ・・・あの子がねぇ」
「というか、重症だったんだろ?だから僕がこうして駆り出されたわけで・・・」
崩れた髪形を気にしているのか手で掻き分けながら不満そうにアグアが呟いた。
「詳しくは帰ってから話すぜ。今はまず・・・」
「皆を、休ませて、あげないと・・・」
ルーがそう言えば、ルエノもアグアも自分のパートナーを見て頷いた。
「あと俺たちもな」
「まったくだ、服を早く洗濯しないと汚れが落ちなくなる」
「普段よりそっちのほうがかっこいいかもよ?」
二人がまた喧嘩をしそうなのを見つつ立ち上がってルーのほうを見る。二人を見てくすくす笑っているルーにつられて俺も笑ってから、口を開いた。
「ありがとうな、ルー」
「っえ・・・」
「ルーのおかげで俺、ブビィ・・・いや、ブーバーを失わずにすんだんだ」
「私は・・・たいしたこと、してないよ」
あの時見たルーが何だったのか、むしろ現実だったのかとか、どうでも良かった。
ブーバーがいて、ルーもいて、皆が近くにいるこの現実で俺は満足なんだ。今は何も聞くことはない。
そっとルーの手を握り、俺を見ていたルエノとアグアに視線を巡らせてから、俺は満面の笑顔で笑った。
「行こうぜ、皆!」







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