マスターが物凄い勢いで奥さんと赤ちゃんのことを話続けて1時間。この話題で逃げようとしたのは間違っていたかもと、少し後悔したとき、カランと音がした。

「いらっしゃいませ……あ、」
「クソ、急に強く降ってきやがった」

やっとこの話から解放される。そう思って笑顔でドアの方を見たけれど、笑顔でいられるような状況じゃなかった。

「いらっしゃい。旦那、随分濡れてるけど大丈夫かい?」
「わ、タオル…!」

少し前まで小雨だったのに、いつの間にか雨は強くなっていたようだ。軽いノリのマスターをカウンターに残し、私はカウンターの奥にある休憩室に駆け込み、そこに置いてある洗濯済みのタオルを引っ付かんだ。そしてホールに戻って彼の身体にタオルを重ねた。

「傘は?どうしたんですか?」
「小雨だったから油断してたぜ」

この島は平和だからな、と彼は呟いた。そうだ。前に彼を調べたとき、スナスナの実の能力者だということを知った。本来なら雨は彼の天敵で、雨にあたってしまえば能力は出せなくなる。普通ならば危機的状況だけど、この島では彼の命を狙う者はいない。だから彼は小雨の中傘を差さずに外を出歩いたのだろう。

「そんな、風邪引きますよ…」

雨に濡れて崩れた彼の黒髪を見た。毛先からポタポタと水滴が落ちて、顔を濡らす。私は髪の毛や顔まで勝手に拭いていいものかと躊躇い、タオルを彼に差し出した。

「悪ィな」

彼は私の手からタオルを取ると自分の顔や髪を拭いた。

「名前ちゃん、傘持ってるよね?」

その一連の流れを黙って見ていたマスターが何か思いついたように口を開いた。

「え?あ…はい」

私は休憩室に置いてある傘を思い浮かべた。今日家を出るときに雨が降りそうだったから持ってきていたものがある。

「旦那を送ってあげたら?」
「え、……は?」

さらっと言い放ったその言葉にみっともない声が漏れた。

「だって旦那このままだったら風邪引くし、早く着替えないといけないでしょ?」
「は、はあ……でも、お店が」
「今日はもうあんまりお客さん来ないだろうし上がっていいから」

ね?と反論できないように言われて私は仕方なく頷いた。

「旦那、いいかい?」
「あァ…」

彼は濡れた髪の隙間からチラリと私を見た。

「…っじゃあ荷物取ってきます」

ドキリとしたのを隠すように私は休憩室に向かった。さっきは驚いて恥ずかしくなるのも忘れていたが、私はこの間彼にキスされたのだ。それを思い出して、顔が熱くなった。




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