名前を、抱いた。

あの日何気なく入った飲食店にいた名前に、初めは何の気持ちも想いも持っていなかった。平和な島で、俺のことを見て驚いたり取り乱したり崇めたりしない人間に慣れてきた頃だったせいか、普通に俺に接する名前はただの店員だった。第一印象など覚えていないくらいに。
だが、閉店間際に店に入った俺を、迷惑という感情を隠しきれない表情で迎える彼女に加虐心が芽生えたのも事実。若さ故の面白い反応は、俺が彼女を気に入る理由としては十分なものだった。
少し遊んでやろうと、耳元で囁くだけで明らかに男慣れしていないような態度を取り、俺を煽る。休日に街で俺を見つけ、走ってくる。
俺はそんな彼女を見て、手に入れたい、と思った。

「――……」

後処理をしている間に疲れて眠った名前は、ベッドに運び、寝かせた。ゴミ箱に捨てたティッシュに付いた血痕が生々しい。
自分の身体はどこか気だるく、彼女を抱いたのだと実感する。
まさかこの年になって処女を相手にするとは思ってもいなかったが、彼女の初さから考えると仕方のないことだろう。むしろいい年してこんな若い女に欲情した自分に驚きだ。俺も所詮、男だということか。

「……はァ…」

さすがにまずかったかとため息をつく。女なら腐るほど抱いてきたが、こんなに相手を思い、気遣いながら抱いたのはいつぶりだろうか。
―――でも、こいつは拒否しなかった。
ベッドですやすやと眠る彼女を一瞥した。起きる様子は無い。
俺は浴室へと向かった。使う了承は得ていないが雨と汗で濡れた身体のままでは気持ちが悪い。借りるぜ、と心の中で呟き、浴室のドアを開けた。

恋などと、若気溢れる言葉を使うにはもう年を取りすぎた。「好き」や「愛してる」なんて言葉は言うつもりはない。

言うつもりはない、が―――



―――航海士になる、勉強をしています



「―――……、」

連れていくことが出来るわけがない。

ふと目に留まった腕の傷に触れたあと、シャワーの蛇口を捻った。




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