誘惑眠り姫



ふらり、訪れたのは巨蟹宮。
急に時間がぽっかりと空いて、暇な午後だったから、何となく足が向いたのだ。
皆が皆、気味が悪いという死仮面だらけの宮だとしても、奥のプライベートな空間へと入れば、そこは私にとって居心地の良い落ち着いた空間。
返事はなかったが、いつもの事だと勝手にリビングへと入り込んでいったが、残念な事に、そこに宮主の姿はなかった。
つまらないの、お喋りの相手になってもらおうと思っていたのに。


少しだけ落胆しつつ、部屋の真ん中に存在感を見せつける黒い革張りの大きなソファーに座った。
ボスッと私の臀部を受け止めたソファーの程良く沈む感覚、きっと高価な椅子なのだろう。
私は彼が居ないのを良い事に、そのままコロリと横になって、高級ソファーの寝心地を堪能した。


それにしても、ココは本当に居心地が良い。
シンプルでセンスの良い家具、綺麗に片付けられた部屋、無駄な物のないサッパリ感、流れる穏やかな時間。
一見、デスマスクという人間とは正反対に思える部屋の様子も、彼と心開いて付き合えば、何の不思議も感じられなくなる。
几帳面で綺麗好き、面倒見が良くて、お料理上手、ホンの少しだけ神経質。
ああ見えて、実は気遣い屋。
クスリと口元に薄く笑みを浮かべて、そんな事を思いながら、私はゆっくりと目を閉じて、淡い眠りの世界に沈んでいった。


それから、どのくらいの時間が経ったのだろう。
不意に、夢の中から意識が浮上して、薄く目を開く。
目の前には、淡い銀の髪。
逆立っているのに柔らかそうなデスマスクの髪が、ゆらゆらと揺れていた。
どうやら一人、酒盛りをしていたらしく、私が占拠したソファーに寄り掛かって、ゆっくりとグラスを傾けている。
電灯にキラキラと輝く琥珀色の液体はウィスキー、いや、ブランデーだろうか。
私は寝そべった体勢のまま手を伸ばし、その襟足の髪をクイクイと軽く引っ張った。


「……あ? なンだ、アレックス。目ぇ覚めたのかよ。ったく、人の宮に勝手に入り込んで居眠りたぁ、イイ度胸してンじゃねぇか。」
「だって。折角、遊びに来たのに、デッちゃん居ないし。居心地良くて、眠たくなるし。」
「オマエね。その内、ホントに襲うぞ。」


襲う?
襲うって、どういう事だろう?
寝起きの、まだ良く回らない頭でボンヤリと考える。
あぁ、そうか、私を組み敷いて、あんな事やこんな事をしようだなんて、良からぬ事を企んでいるのか。
ジワジワと、その言葉の意味に辿り着き、だけど、全然、危機感を覚えない。
寧ろ、それも良いかなと、ポカンと彼の顔を見つめながら思っていたら、案の定、そんな見え見えの結論など、鋭いデスマスクには、あっさりと見透かされてしまった。


「何だよ、アレックス。反発しねぇの?」
「そんな気力も湧かない。」
「気力が湧かねぇンじゃなくて、そうして欲しいって思ってンだろが。」


スッと向けられた深紅の瞳。
間近で見るそれは、胸が高鳴る程に魅惑的。
薄い唇から漏れる仄かなアルコールの香りと、憎たらしいまでの軽口すら、甘い囁きに似て聞こえる。


「だったら、アレックス。今夜は泊り決定だな。」
「あ……。」


ニヤリ、右の口角に浮かんだ笑みは、色んな意味を含んでいる。
退屈な時間に、刺激的なスパイス。
一度知ってしまったら、もう手離せない。
そうと分かっていながら、デスマスクを突き離せずにいる私は、このまま彼に溺れて、病み付きになってしまうかもしれない。



甘い誘惑
友達から恋人へ



‐end‐





『甘い誘惑』リメイク版、第2弾は蟹様。
目の前に落ちている餌をむざむざと見過ごす男ではありません、彼はw
でも、眠っている内に襲ったりしないところ、実は紳士な男だったりね。

加筆修正:2015.07.16

→next.(筋肉自慢のあの人)


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