誘惑ディナー



伝令さんが運んできたサガからの連絡は、皺一つない真っ白な紙に、いつもの流麗な文字が並んでいた。
『今日は定時に執務を上がるから、一緒に食事をしないか。』
珍しい事もあるものだわ。
彼が定時に執務を終える事。
そして、いつもなら倒れるように寝落ちてしまうサガが、こうして食事に誘ってくれる事。
彼の方から誘ってくれるのは本当に稀だったし、このところ、ずっと忙しくて一緒に過ごす時間も取れない事が多かっただけに、私は嬉しさで弾む心を抑えつつ、双児宮へと向かった。


「お疲れ様、サガ。」
「あぁ、アレックス。急な誘いですまなかった。」
「ううん、良いの。気にしないで。」


丁度、着替えを終えて奥の部屋から出てきたサガの顔は、少しだけ落とした電灯の照度もあるかもしれないが、それでも、仄かに青褪めてみえる気がした。
この数日は、ずっと残業続き。
しかも、この宮にすら、まともに戻って来る暇すらなかった筈。


「あの仕事、全部片付いたの?」
「いや、まだだ。」
「じゃあ、もう直ぐ終わりそうなのね。こんなに早い時間に戻って来られるなんて、仕事に目途が付いたからなんでしょう?」
「いや、実はそうでもないのだ。」


目の前のサガは苦笑い。
少しだけ困ったような表情で私を椅子へと誘い、エスコートされるままに腰を落とす。
テーブルに並ぶ料理は普段の食事と比べると豪勢で、どうしたのかと問えば、料理の得意な女官さんに頼んで用意してもらったのだと、彼は苦笑いを更に深めて、そう告げた。


「今日は特別だから、無理を言って作ってもらった。」
「……特別?」
「忘れたのか? 今日はアレックスと出逢って一年目の記念日だ。」
「あ……。」


私が忘れてしまっていた事を、サガが覚えていた事に驚きもしたけれど。
それ以上に、彼がこういった記念日を大切にする人だと知って、もっと驚いた。
一年経ってもまだ、お互いに知らない部分が沢山ある。
まだまだ新鮮な気持ちで向き合っていける事と、これからもっと長い年月を共に過ごせる事を思うと、胸の奥がふわりと暖かくなった。


出逢って直ぐにお付き合いを始めたサガと私。
だけど、サガの仕事が忙し過ぎて、これだけの時間が経っているにも係らず、まだ私達は一線を越えていない。
お互い、もう良い歳をして、こんなプラトニックな恋愛を貫いているだなんて。
でも、それはそれで焦る事もなく、私達は私達のペースで良いのだと、そう思う事すら、最近は楽しく感じていた。


「もう、そんなに経ったのね……。」
「あぁ。だから、今夜は……。今夜はココに泊まっていかないか? いや、泊まっていって欲しい。朝まで、君を帰したくないんだ、アレックス。」
「サガ……。」


遮るものもなく、真っ直ぐに正面から見つめてくる蒼い瞳。
そんなに熱い視線で告げられては、私は言葉もなく、ハッと息を飲むしか出来ない。
顔が熱い、身体も熱い。
きっと今の私は、顔も肌も真っ赤に染まっているのだろう。


「返事は、アレックス?」
「あ、あの……。」


出逢って一年目の今夜。
私も帰りたくないから、ここは『イエス』と言うべきなの?



甘い誘惑
一年目の熱帯夜



‐end‐





『甘い誘惑』リメイク版、第1弾はサガ様です。
古風な男サガ様は一年でもグッと我慢しますの巻w
きっとこの夜のサガ様は凄いに違いない(苦笑)

加筆修正:2015.07.14

→next.(ニヤリ笑いのあの人)


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