何色か分からない世界で



聖域に夜の帳がおりた。
黒と紺の中間のような色をした広い夜空に、沢山の星達が煌めく。
それは海界では絶対に見られない光景だった。
キラキラキラキラ、瞬く無数の星に、私の心も切なく揺れる。


海龍様――、カノン様は今頃、何処の国にいるのだろう。
世界中を駆け巡り、私達の世界に必要なもの、情報、資金、何から何まで、彼が必死に掻き集めている。
私達はおんぶに抱っこで、彼に依存しているのだ。
その負担を少しでも減らしたくて、私は今、こうして聖域で一生懸命に勉強し、あらゆる知識を吸収しようとしていた。


あとどれだけの時間をココで学べば、彼の助けになるのか、彼の右腕として役に立つ人材になれるのか、まるで分からない。
それでも、毎日、必死に勉強を続けるのは、やはり海界を愛しているからだった。
頭上の海と薄い酸素、湿度が高く重い空気に圧迫される狭い世界だけど、私を生かしてくれたのも、私を望んでくれたのも、あの世界だけだ。
唯一無二の大切な故郷。
海界を離れた今、こうして強く感じるようになった。
だからこそ、あの世界を守り、次代に繋いでいきたい、遺していきたい。
海龍様が、そう願うのならば、私も同じだけ願うと決めた。


手元に置いていた手紙を開く。
昨日、日本から戻ってきたアテナと共に、この聖域に運び込まれてきた手紙。
送り主は、海龍様その人だった。


『元気でやっているか、アレックス?
それとも、苦労をしているだろうか。
聖域の連中は一癖二癖どころか、十癖も二十癖もある面倒なヤツ等ばかりだ。
お前が対応に苦慮しているのではないかと心配している。』


本当に、そう思っているの?
心から思っているなら、私を一人、聖域に送り出したりなんてしないでしょうに。
どうせ言葉だけなのだわ、貴方はいつもそうなのだから。


『特に愚兄は頑固で、人の言う事もロクに聞かず、しかも、平気で無茶振りをするヤツだ。
放っておくと、何処まで増長するか分からん。
出来ん事は出来んとキッパリ断れ。
頭は悪くない筈なのだが、周りを気遣うという事を知らんのだ、アイツは。』


つまり、サガ様が自分一人で抱え込んで、無理をし過ぎないように、私が傍で見ていろと、そういう事ですね。
心配している割に、言葉は素直じゃない。
人当たりは良いのに、ぶっきら棒。
面倒見が良いのに、つっけんどん。
でも、それが彼という人の魅力でもあるのだけれど。


『蟹に口説かれたら、平手打ちでも食らわせろ。
アイオロスも、ああ見えて恐ろしく手が早い。
アイツの傍では一瞬たりとも気を抜くな。
この二人だけではない。
他にも危険が満載のヤツ等ばかりだ。
大変だとは思うが、これも修行の一環と思って、隙を作らず、神経を張り巡らし、気を引き締めて過ごせ。
分かったな。』


仲間である筈の人達に対し、酷い言い様ね。
でも、それも信頼の裏返しなのかもしれない。
これだけ罵倒しても棘が見えないのは、本気の言葉ではなく、じゃれついているだけのものだからだ、きっと。


『この手紙がアレックスの手に渡る頃、俺は既に日本にはいないだろう。
いつも一方的な言葉になってばかりですまない。
言いたい事は多々あるだろうが、それは後で纏めて聞いてやる。
海界に戻るまでは我慢してくれ。
お前の方から、俺に連絡が取れない事も含めてな。
何日後になるか分からんが、またアレックスの元気な顔が見られる日を楽しみにしている。』


流れるような流麗な文字は、サガ様のそれと似ているようで異なる。
力強い筆圧、そこに滲み出る強い意志。
目指すもの、譲れない望み、辿り着くべき目標。
そこに向かって突き進む彼自身を表すような文字。


手紙を机の上に置いた私は、もう一度、窓から暗い夜空を見上げた。
黒のようで黒ではない夜の空の色。
それは、まるで個々に個性を放つ聖域の人達のようだ。
各自の持つ色が混じり合って、黒になるかと思えば、そうでもない。
希望の星達が無数に輝く夜空と、同じ色を作り上げている彼等。


私はもっと知らねばならない。
この色が織りなす、独自性と協調性の微妙な調和の物語を。
それを知る事で、私はやっと前に進めるようになるのだろうから。



混ぜすぎた色は、黒でもなんでもない



‐end‐





ブレイクタイムで夢主さんの上司が登場です。
私が書くと、やはり横暴気味になるノンたんw
ここまでで半分、これから折り返しで進みます。

2015.06.02

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