透明な世界



「良い日差しだなぁ。ポカポカで気持ち良い……。」
「っ?!」


それは白羊宮から更に下がった場所、聖域の入口に程近いところで、海界の復興の参考になればと、石柱の造形をスケッチしていた時の事だった。
突然、背後から響いた声に、目を見開いて振り返れば、近くの石畳の上に、大の時に寝転がる男性の姿が視界に飛び込んで、私は驚きで口をパクパクとさせた。


どうして、そんなにも驚いたかというと、ホンの数秒前まで、そこに誰もいなかった事を確認済みだったからだ。
いつの間に彼がそこに現れて、いつの間に彼がそこに寝転んだのか。
気付かないどころか、足音も気配も小宇宙すら、まるで感じ取れなかったのだから、驚くのも当然だった。


「い、いつの間に、そこに?」
「いつって、つい今しがただけど。気付かなかったのか、アレックス? キミもまだまだだな。」
「話には聞いていましたけど、とんでもない人ですね、貴方は……。」


神出鬼没で、自由気侭。
同じ教皇補佐でありながら、生真面目で働き過ぎのサガ様とは正反対、対極の位置にいる人。
同等である筈の黄金位でも、彼は桁違いに強いのだと言っていたのは、シュラだったか、ミロだったか。


「こんなところでサボっていて良いのですか?」
「サボりじゃない、ただの休憩だよ。」
「それって全く同じ意味だと思いますけれど?」


絶えずニコニコと笑みを浮かべて、飄々として捕らえどころがない。
顔はそっくりなのに、真っ直ぐで純真な弟さんとは、全く似ていない人。
聖域の英雄と讃えられる人物だけに、どれ程の豪傑かと思っていたが、肩透かしを食らったかのように物腰は柔らかで、それでいて不気味なくらいに底が見えない。
ある意味、一番怖いタイプの人だと思った。


「英雄ねぇ……。でも、それって、周りが勝手に言ってるだけだし。俺は皆が褒め称えるような人間じゃないから。そういうものに縛られるのも御免だな。」
「でも、次期教皇は貴方だと聞きましたけど?」
「それも周りが勝手に決めた事。確かに、大昔に一度、指名された事もあったが、本当はシオン様も、俺が器じゃない事くらい分かり切っていた。あの時は他に選択肢がなかっただけで、今はそうじゃない。サガもいる事だし、俺は用無し、用無し。」


私は口を開けて、唖然と寝転ぶ彼を見下ろした。
シュラは彼の事を、尊敬する偉大な先輩だと言っていた。
格闘技術、戦略、考え方に至るまで、未だ彼の足下にも及ばないのだと、あの努力と忍耐の人が言うのだから、その評価は間違いないと思う。
でも、目の前の彼は、目に見えてやる気のなさが前面に押し出され、投げ槍で適当で、聖域の内情には欠片も興味がない様子。
まるで聖域の人達が見ている人物と、全く別の人物を見ているような気さえしてくる。


「シュラはさ。今の俺に、十三年前の俺を重ねているだけ。昔はアイツも子供だったから、俺がとてつもなく強く見えてたんだろうけれど、今じゃ大差ないさ。」
「でも、ミロも、アイオリアも、サガ様だって、貴方が最強だと言っていますよ。」
「幻想さ。そんなものは全部。」


聖域に平和が訪れた後、皆が欲しがった拠り所となる人物。
アテナという彼等が守り信じる神の存在以外に、もっと近いところに居る、功労者としての存在を。
それが彼を『英雄』として祀り上げ、その形のない容れ物だけが一人歩きをしてしまっているのだ。
聖域の一人一人が、それぞれの理想と願望で作り上げた『英雄』という名の容れ物、そこに詰まっているのは、本来の彼自身の人格とは似ても似つかないもの。
そう彼は言いたいらしかった。


「色んな人に話を聞いてごらん。俺に対する印象は皆、それぞれに違っているから。つまりは、誰も本当の俺を理解していない。理解したいと思っていないからなんだ。こうあって欲しい、こうあるべきだと思う俺の姿を、好き勝手に述べるんだからね。」
「だから貴方は、そうやって自分という人を否定しているの?」
「否定? いいや、違う。」


押し付けられた勝手なる理想の姿。
そして、これが本当の自分だと思う姿。
その二つの狭間にある見えない境界を、綺麗サッパリ消してしまいたい。
そうしないと、この聖域は、いつまで経っても、『英雄』である自分の存在に頼ってしまうだろうから。


「なんてね。本当はただ、こうして手に入れた新たな人生を、好き放題に謳歌したいだけなんだ。」
「本当に?」
「本当さ、アレックス。」


クスッと漏らした短い笑みからは、真実を読み取る事は出来ない。
それが故に、やはり彼が最強の黄金聖闘士だという皆の評価は、少しも間違っていないのだと思えた。



姿なき境界線を壊す透



‐end‐





八番目はロス兄さんです。
正直、キャラが掴めない人なので、夢主さんから見ても掴めない人に仕立て上げたかったのです。

2015.05.28

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