青の世界



その日。
彼の自慢の薔薇園を前に、私はまず呆然と、それから、長くうっとりとした溜息を吐いた。
こんなにも美しい色の群を、私は見た事がない。
様々な色に溢れたこの世界の中でも、特にココは極上の色に満ちた場所だった。


「綺麗……。」
「当然だね。私が手塩に掛けて育てているんだから。」
「誰が育てても、綺麗に咲く訳じゃないのね。」
「それなりには咲くさ。だが、この鮮やかさを出すには、私の力が必要なんだ。キミなら分かるだろう、アレックス。」


つまりは小宇宙だ。
彼が薔薇に分け与える小宇宙があってこそ、この美しさが表現出来るという事。
私は、もう一度、ホウッと甘い溜息を漏らし、それから、ゆっくりと席に着いた。
滑るように差し出されたティーカップからは、甘い桃の香りが立ち上る。


「ローズティーじゃないの?」
「いつもいつも薔薇では飽きるだろう?」
「確かに。」


クスクスと笑って、紅茶を一口啜る。
甘酸っぱい桃の味わいが口内に広がり、再びホウッと息が漏れた。
慣れない地上での生活に、予想以上に疲れが溜まっていたのだろう。
身体の奥深くまで、紅茶の甘さが沁みていく。


「クッキーも、どうぞ。」
「ありがとう、いただくわ。」
「どう、美味しい?」
「えぇ、とても。」


他愛のない会話を繰り返しながら、視線はどうしても薔薇園の方へと向いてしまう。
こんなにも圧倒的な美しさが眼前に広がっていながら、お喋りに集中するのは難しいというもの。


赤、白、黄、ピンク。
鮮やかな色の薔薇の花弁が、柔らかに吹き抜ける風に乗って、視界の中で舞い上がる。
その色だって、一色ではない。
華やかな赤、深い赤、暗い赤、薄い赤、白から赤へとグラデーションを変えているものもあって、世界を形作る色が、決して単調ではない事を、この花弁達は教えてくれる。


「……青はないのね。」
「あるよ。でも、この場所には向かないから。」


素朴な疑問だった。
様々な風合いの色で満たされたこの薔薇園に、ただ青い色だけが見えなかったから。
その色を持つのは、目の前にいる、愛の女神と見紛うばかりの麗しき彼だけだ。


「向かないって、どういう事?」
「そのままの意味さ。ほら。」


首を傾げた私に、ニコリと微笑み掛けて、彼は一本の薔薇を目の前に差し出した。
それは彼の髪色よりも、少しだけ濃くて深い水色をした、綺麗な薔薇だった。
その色は、とても珍しい色だ。
話題に上る希少な青薔薇は、もっと濃い色をしている、紫に程近い青。
こんなにも薄い青、水色をした薔薇の花なんて、見た事も聞いた事もない。


「こらこら、アレックス。触っちゃ駄目だよ。」
「え、どうして?」
「毒薔薇だからさ。しかも、極めて毒性の強い、ね。だから、この場所には向かないんだ。誰もが観賞出来る薔薇園には。」


それを聞いて、私は慌てて手を引っ込めた。
その仕草が面白かったのか、クスクスと笑う彼に、私は頬を膨らませて抗議した。
毒があるなら、最初からそうと言ってくれれば良いのに。


「毒を持たない青薔薇は作れないの?」
「作れるよ、多分。」
「じゃあ、どうして?」
「そうだな……。これは多分、私の分身なんだ。私自身の投影だからだろう、毒をなくしたくないのは。この薔薇から毒がなくなれば、それは棘のない薔薇と同じ。私が私じゃなくなってしまう。」


紅茶のカップを手に、ニコリと微笑む。
その艶やかさに目が眩みそうになるけれど、そこには少しの皮肉、棘が含まれているのを感じた。
確かに、綺麗なだけが彼ではないのだ。


「折角、珍しい水色で、綺麗なのに。」
「綺麗なだけじゃ意味がないからね。そうであれば、私は聖域にはいない。だから、この薔薇も、ただの観賞用にはしないのさ。私と同じ、毒薔薇のまま。ずっと、これからもね。」


小さくウインク。
その表情も仕草も、女性の私ですら目が眩んでしまう程の目映さ。
でも、その目映さも、見た目通りのものではない。
美しさの中に漂う、凶器の毒。
それは彼の武器であり、強さであり。
聖闘士として、戦いを生業として、生きている者の証。


「失望したかな?」
「いいえ、全く。」


寧ろ、その気高さに憧れる。
聖闘士として、この先も一生、誇り高く生きていくために、何が必要で、何が大切なのか。
それをハッキリと示してくれる彼の言葉と、その微笑に、私も不思議と勇気付けられていくような気がした。



浄化を拒む青



‐end‐





四番目は、おディーテ様でした。
綺麗な薔薇には棘がある、の言葉通りに、美しいだけが魚様じゃないよ、と言いたかったのです。

2015.05.05

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