キミとXmasD



「ふぅ、後一息だな。」


疲れが色濃く滲む息を吐き、それでも、アフロディーテはその秀麗な顔に目映い笑みを浮かべた。
もう数時間、立ちっ放しの作業が続いている。
足は浮腫み、腰もジンジンと痛い。
ケーキ作りは女性的な作業に思えても、実際は体力の必要な仕事なのだと実感させられた。
特に泡立て、攪拌の作業は、腕の力も然りながら、根気もいるものだ。


「疲れてないかい、アレックス?」
「私は平気です。でも、アフロディーテ様の方がお辛そうです。少し休まれては如何ですか?」
「キミが平気だと言っているのに、黄金聖闘士の私が根を上げるなど出来ないだろう? 慣れない作業で身体中に変な力が入っているのは、確かだけどね。」


笑みを絶やさぬまま、アレックスに向かって送るウインク。
すると、纏めていた水色の髪が一房、スルリと滑り落ちて肩先に揺れた。
全く、この人は些細な仕草までもが艶やかで美しい。
そんな彼の姿をマトモに見てはいられなくなって、アレックスは目を伏せ、再びパレットナイフを手に取った。


長時間に及んだ作業も、後は生地に乗せたチョコクリームを、木の幹に見えるように伸ばして、雪を思わせる真っ白な粉砂糖を上から振るだけ。
うっかり切らしていた粉砂糖も、先程、買い出しに行ってくれた女官と、何故かカミュが連れだって届けてくれた。
残された仕事は、このケーキを美しく、そして、美味しそうに仕上げるだけ。


「……実はガッカリしてない、アレックス?」
「え? どうしてです?」


滑らかにチョコクリームを伸ばし続ける手は止めずに、突然、アフロディーテから投げ掛けられた質問。
それとは逆に作業の手を止め、顔を上げたアレックスの視界の中で、だが、彼は黙々と作業を続けている。


「どうしてって、ケーキ班で有りながら、その仕事を任されたのが私だったからさ。キミとしてはデスマスクが来てくれた方が良かったのだろう? 私のような素人よりも、アレの方が作業スピードは格段に早い。」
「うーん……。でも、私はデスマスク様じゃなくて良かったと思っています。」
「どうして?」


同じ言葉で聞き返してくるアフロディーテに、アレックスは苦笑を浮かべながら、小さく肩を竦めてみせた。
チョコクリームの上に、艶々と輝くマロングラッセを乗せて、そのままジッとその栗を眺めている。


「デスマスク様は完璧過ぎて、私じゃ足手纏いになってしまうっていうか……。出来て当然という無言のプレッシャーに、押し潰されていたかもしれませんもの。とても、こんなに和やかには作業出来なかったと思います。」
「あぁ、言われてみれば確かに。」


アイツは料理に関しては妥協を許さないからなぁ、そう言って、アフロディーテは指で摘んでいたマロングラッセを、ポイッと自分の口内に放り込んだ。
ふわりと甘い栗の蜜と、仄かに苦い洋酒の味が舌の上に広がり、その絶妙な調和に目を細める。


「あの、アフロディーテ様。それ……。」
「ん? どうかしたかい、アレックス?」
「食べてしまっては、飾りの栗が足りなくなります。」


そうは言っても、既に飲み込んでしまったものを、元に戻す方法はない。
粉砂糖を振っていた体勢のまま動きを止めたアレックスと、栗を口の中に放り込んだ姿勢のまま止まったアフロディーテと、二人の間に気まずい沈黙が流れる。


「じ、じゃあ代わりにコレでも乗せておこうか?」
「いや、でも、それは……。」


この窮地を打開しようと、アフロディーテが手に取ったのは、数時間前に小さなサンタが持ってきてくれた、シオンからの贈り物。
丸くて大きなキャンディーは、まぁ、栗の代わりになるような、ならないような……。


「何も乗ってないよりはマシだろう。うん、そうだ。コレが乗ってる部分は、クリスマスだろうと、パーティーだろうと、執務室に籠もりきりの彼のために、切り分けて上げよう。」
「大丈夫でしょうか、そのような事をして?」
「平気さ。きっと乗ってるものが何かなんて気付かないまま、あの人は食べてしまうだろうからね。」


例え、そうだとしても、口に含めば硬さで分かる。
後々、アフロディーテの身に『報復』という名の災難が起こらなければ良いがと、アレックスは思う。
そんな彼女の目の前で、いそいそとケーキをカットしたアフロディーテは、その皿を手に、また楽しげなウインクを一つ。


「さて。これを彼のところに持っていってしまえば、パーティーまでの数時間はフリーだ。私の宮で一緒にお茶でも、どうかな? 疲れを癒すマッサージと、薔薇の花弁を浮かべたバスタイムも付けるよ。どう?」
「アフロディーテ様ったら、私を誘うなんて、そんなご冗談を……。」
「クリスマスに冗談で女性を誘ったりなどしないさ。正直、冗談など言ってる余裕もないしね。」


アフロディーテは、その長い指先で、ボウルに残っていたチョコクリームを一掬いすると、それを躊躇いなくアレックスの頬へ。
そして、クリームが付着した箇所に、すかさずキスを落とした。



甘いケーキの甘い誘惑



‐end‐





クリスマスだろうと、お魚様は策士な誘惑者です^^

2013.12.21


→???


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