大人な彼からの贈り物私は大きなファイルを腕に抱き、書庫を目指していた。
ミロ様が参考に使っていた資料だ。
午前中の執務を集中して頑張っていた姿を見た事もあり、返却は私に任せてくださいと、思わず引き受けてしまった。
これを返し終えたら、私もお昼ご飯にしよう。
そう思いながら、廊下を早足で進む。
「……あ。」
「ん、アレックスか? どうした?」
「シュラ様、お疲れさまです。」
辿り着いた書庫には、先客がいた。
中央の長テーブルに何冊ものファイルを広げ、調べ物の真っ最中なのであろうシュラ様が、クルリとこちらを振り返る。
その眼光の鋭さに、目が合った瞬間、思わず背筋をシュッと伸ばしてしまう自分。
「資料の返却か?」
「はい。シュラ様は、何かお調べ物ですか?」
「あぁ。次の任務に向かう前に色々とな。といっても、まだ十日後の事だが。」
シュラ様はフッと口元に小さな笑みを浮かべ、パタリとファイルを閉じた。
アイオリア様やミロ様は、笑顔をみせると可愛らしくなるのに、シュラ様は彼等と違って大人っぽいというか、セクシーな雰囲気になるのよね。
なんて、ついつい見惚れてしまう。
そうしている間に、彼は広げていたファイルを全て閉じ、長テーブルの隅に寄せてしまった。
もしかして、私が来たから調べ物の邪魔になってしまったとか?
「いや、俺も昼飯にしようと思っていた。今日は一日、ココに籠もるつもりで来たから……。」
「それ、お弁当ですか?」
シュラ様が長テーブルの下から取り出したのは、大きなバスケット。
教皇宮には食堂もあるのに、自分で用意してくるなんて、どれだけ準備が良いのだろう。
「調べ物が混んでくれば、その場で摘まめるものが良い。食堂まで行くのも面倒だからな。」
「でも、お弁当を作るのだって面倒なのでは?」
「朝、時間があった。食材も揃ってたし、面倒にはならん。」
そう言って、彼がバスケットから取り出したのは、スライスされた沢山のバゲットパンと、容器に入った数種類のおかず。
生ハムにチーズ、スモークサーモン、ボイル海老、厚切りベーコン、ソーセージ、アンチョビに茹で卵。
そして、輪切りのトマトとキュウリ、茹でたジャガ芋まである。
「パンに乗せればピンチョス風だ。残念ながら、ワインはないが。折角だ、アレックスもどうだ?」
「え、でも……。」
「いくら俺でも、こんなには食えん。アレックスが少し食ったところで、足りなくなる事はないだろう。」
これだけ美味しそうなお料理を目の前にして、食欲の誘惑には逆らえない。
私はお言葉に甘えて、お相伴に預かる事にした。
手渡されたパンにジャガ芋とアンチョビを乗せて、早速とばかりに頬張る。
「うん、美味しい。」
「そうか、良かった。」
少しだけ嬉しそうに口元を緩ませて、シュラ様は生ハムとチーズ、トマトを乗せたパンに齧り付いた。
彼の横顔を見遣りながら、磨羯宮で過ごした研修期間を思い出す。
シュラ様は、お料理は勿論、お掃除もお洗濯も、家事仕事は何でも、そつ無くこなしていた。
デスマスク様程には完璧ではないにしろ、何でも出来るシュラ様ならば、正直、自宮に女官を置く必要はないのではと思える。
「そうでもない。能力はあっても、家事のための時間が、常に取れるとは限らん。やはりサポートしてくれる者が宮に居てくれると、俺としては助かる。これだけ不規則な生活をしていると、留守を預けられる人が居ると安心だからな。」
「それって……。必要なのは女官ではなくて、お嫁さんなのでは?」
言ってしまってから、ハッとする。
な、何という失言、暴言を吐いてしまったの、私!
何とか弁解しようとアタフタするも、全くフォローの出来ない自分。
こんな事では、宮付き女官なんて勤まらないじゃないの!
「フ、ククッ……。女官より嫁か。確かに、その通りだ。だが、余り変わりあるまい。まずは女官からスタートする、というだけだ。」
「……シュラ様?」
「まぁ、良い。食え、アレックス。」
「え? わっ?!」
何だかハッキリと理解出来ないままに、言葉を濁されてしまったのだが。
シュラ様に次々にパンを渡され、おかずを乗せられ、食べる事に精一杯で、考える余裕もなくなってしまった。
「どうだ? 俺の宮に来る気になったか?」
「それは……。」
「女官ではなく、嫁でも良いぞ。」
「っ?!」
答えに詰まっている間に、グッと近付いてきたシュラ様の顔。
何が何だか分からないまま、落ちてきたのは、額に柔らかな感触。
呆然とした視界の中、唇に薄い笑みを浮かべたシュラ様の顔を見て初めて、キスをされたのだと気が付いた。
彼がくれたもの、それは
お祝いのキス
‐end‐
祝いのキスと言うより、確約のためのキスにしかみえない(苦笑)
女官より、嫁募集中な山羊さま(爆)
2014.08.26
→???