プロローグ



「アレックス、七週間もの長い研修、お疲れさまでした。大変でしたでしょうに、良く頑張りましたね。努力する貴女の姿に、私も感動を覚えましたよ。」
「有り難う御座います、女官長。」


教皇宮の一室。
女官達が詰める事務室の一隅で、私は女官長のデスクの前で背筋を伸ばしていた。
一ヶ月半もの長き間に渡って続けられた研修は、大変な事も多かったけれど、毎日が充実していた。
皆様に迷惑を掛けながら、これからの仕事に必要な知識と技術を身に着けて、私のような何の取り柄もない者でも、あの方々のお役に立てる存在になれるのだと、自信を持つ事も出来た。


「しかし、貴女のような女官は珍しい。今時の女官達は皆、こぞって教皇宮勤めを希望するというのに。苦労の絶えない宮付き女官は、多少お給料が増額したとしても、好んで異動したいとは思わない者ばかり。それが現状なのです。」
「それでも、私にとっては憧れです。黄金聖闘士様のお傍で、その支えになれるのですから。」


私は、これまで勤めていた教皇宮から、黄金聖闘士達が個々に守護する各宮へと、所謂『宮付き女官』への配置換えを希望していた。
が、勿論、希望をして直ぐに何処かの宮に移る、という訳にはいかない。
宮付き女官として勤めるには、教皇宮での仕事に比べても多種多様な能力が必要となってくるからだ。
事務仕事以外にも、宮費の管理などの経理仕事、掃除や洗濯・料理などの家事仕事。
宮主のニーズに直ぐに応えられるよう機転も利かなければならないし、良好な関係を築くための会話術も必要だろう。
住み込みでの仕事であるからして、働く時間は常に不規則。
自分の自由な時間など、ほぼ持つ事は出来ない。
黄金聖闘士様の傍で働けるという利点よりも、職場としては数多い難点がある故に、宮付きの女官になろうと思う者は稀なのだ。


私は宮付き女官の仕事がどういうものであるかを学ぶため、正式な配置転換前の研修として、現在、宮付き女官の配置されていない七つの宮を一週間ずつ順に回って、各宮の黄金聖闘士様方と親交を深めた。
双魚宮から始まって、宝瓶宮、磨羯宮、人馬宮、天蠍宮、獅子宮、巨蟹宮まで。
それぞれの宮で、教わった事、吸収した事は沢山あった。


宮付きの女官としての仕事を何一つとして知らなかった私は、まず双魚宮のアフロディーテ様の元で基本のいろはを一から学んだ。
朝起きてから、夜眠るまで、どんな仕事があるのか、とか。
時間配分や、仕事の優先順位等々、それはそれは多岐に渡る仕事を。
そして、次の宝瓶宮では、家事仕事の基本をカミュ様に叩き込まれた。
お料理とお掃除とお洗濯と、全てが生活を営んでいくための基本だ。
磨羯宮では、無口なシュラ様が何を考え、何を望んでいるかを推測し、次の行動を決める術を覚えた。
人馬宮では、教皇補佐として忙しく働くアイオロス様のサポートをするため、朝昼夜の関係なく働く体力を身に着けた。
天蠍宮では、面倒臭がり屋なミロ様を褒めたり怒ったり宥め梳かしたりしながら、生活していくための話術が上達していった。
獅子宮では、計画や計算を苦手とするアイオリア様の代わりに、宮費を管理する事も覚えた。


ただ巨蟹宮だけが、そう易々とはいかなかったのだけど……。


お料理をはじめとする家事仕事全般、そして宮付き女官としてのお仕事、態度も姿勢も含めて、その全てが成っていないとデスマスク様に怒られて。
毎日、毎時、常に怒鳴られっ放し。
それまでの六週間、六つの宮を回って身に着けた全てを、完全否定されてしまったのだ。
最後の一週間は本当に苦痛だった、悪夢のようだったと言っても良い。
それくらい、デスマスク様には、こっ酷く絞られた。
自信喪失も良いところ。
私はこの先、宮付き女官として、ちゃんとやっていけるのかと激しく落ち込みもした。


だけど、他の六人の黄金聖闘士様は、どの宮に勤める事になっても大丈夫だと、声を揃えて太鼓判を押してくれた。
そうよ、巨蟹宮付きにさえならなければ、何の問題も起きないわ、きっと。


「早速ですが、アレックス。貴女が研修で回った七つの宮、全ての宮主様から、是非、貴女に来て欲しいとの要望がありました。」
「え、七つ全てですか? あの……、巨蟹宮も?」
「えぇ、間違いありません。」


あれだけ散々に怒られたのだから、てっきり巨蟹宮からは声が掛からないと思っていたのに。
デスマスク様は何を考えているのだろう……。
はっ?!
もしや、私を叱りつける事で、ストレスを発散するため、とか?


「どうしますか、アレックス? 複数の宮から要望が上がった場合、選択権は貴女にあります。ここが良いと思う宮を、好きに選んで良いのですよ。」
「私が……、選ぶ?」


何処か一つの宮でも声が掛かれば良いと思っていただけに、あまりにも意外で、驚きが勝った。
突然、選べと言われても、簡単に答えは出せそうにない。
取り敢えず、巨蟹宮だけは絶対に選ばない事は確実だけれど、それでも、残りは六つもの宮。
私はどの宮に、誰のところに行くのが一番良いのだろう。


正式に異動するまでに、あと一週間の時間がある。
私は、それまでに結論を出さなければいけない。
さて、どうしたものか……。



‐序章、end‐





教皇宮の女官から、宮付きの女官への異動を願い出ていた夢主さんの希望が、いよいよ叶う事に。
これから彼女は七つの宮の黄金聖闘士様から、それぞれ個性的なお祝いを受け、そして、どの宮へ勤めるのかを決める事になります。
彼女の選ぶ結末までを、お楽しみください!

2014.08.10

→???


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