だが、彼は私を離そうとはしてくれなかった。
それどころか、私を引き摺ってでも、何処かへ連れて行こうとさえしている。
勿論、私は暴れてもがいて、出来うる限りの抵抗をした。


「お願い、手を離してください!」
「その手を離せ! アレックスが嫌がっている事、分かっているだろう?!」


私とアイオリアの声が、二重奏になってテラスに響く。
だが、彼はニヤリと笑って、手を離そうともしなかった。


「嫌だと言ったら?」


その自信満々な他人を見下した笑顔。
瞬間、それを見たアイオリアの堪忍袋の緒がプツリと切れたのが、私には手に取るように分かった。


「ならば粉々に砕いて、跡形も無く消し去ってくれる。」


怒りの籠もった重低音の声で、そう言い放った次の瞬間。
アイオリアはヒョイッと軽やかな身のこなしで手摺りを飛び越え、庭に降り立った。
何をする気なのかと私達が唖然として見ている中で、アイオリアは庭の装飾の一つである石像に手を伸ばし、そっと触れてみせる。
その石像を軽くひと撫でした後、グッと気合と力と入れたかと思えば、石像は粉々に砕けてバラバラと緑の芝生の上に散乱した。


「こんな風にな。」
「なっ?! ば、化け物か、お前?!」


クルリと振り返って睨み付けたアイオリアに、鈍い男も流石に怯まずにはいられなかった。
私を突き飛ばすように放すと、テラスからアイオリアがいる方とは反対側の庭に降り、そそくさと逃げ出す。
アイオリアはその人を追い駆けようとして、でも、突き飛ばされテラスに座り込んだ私に気付き、諦めて私の元へと駆け寄ってきてくれた。


「大丈夫か、アレックス?」
「大丈夫。ありがとう、アイオリア。でも……。」


私はアイオリアに支えられて、あの男の人が逃げていった方向を振り返った。
夜の暗闇の中、アタフタと逃げていくように走っていくその人。
多少は悔しかったが、特に何かをされた訳でもないし、何事も無く済んだ。
それに、これがきっかけでアイオリアとの溝が一気に埋まったのだから、見逃して上げても良い。
私の身体を支えてくれるアイオリアの優しさを直ぐ傍に感じながら、私はそう思っていた。


だが――。


「人の女に手を出しておいて、謝罪の言葉も無いとは随分だな。」


ザザッと風の音がして、暗闇の木陰から誰かが現れたのが見えた。
スラリとした長身の黒い影。
あれは――。


「お、お前はっ?!」
「シュラ……?」


それは間違いなくシュラだった。
顔はいつもの無表情。
だが、その目は、視線だけで相手を真っ二つに出来そうな程に鋭い。
その剣のように鋭利な瞳に射竦められて、彼は背筋にヒヤリとしたものを感じたのだろう。
あまりの恐怖に腰が抜けて動けなくなったのか、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。


「フッ、軟弱極まりないな。このような事で、アレックスを幸せになど出来る筈もあるまい。」


テラスに座り込み動けなくなっていた私を、アイオリアが抱え上げてシュラの傍へと歩み寄る。
近付いた私と目が合った刹那、シュラはすまなさそうに眉を顰めた。


「遅くなってすまない、アレックス。」


その言葉に私はゆっくりと首を振る。
シュラの代わりに、アイオリアが私を助けてくれた。
それに、こうしてアイオリアと分かり合えたから、それだけでもう十分だった。


「……シュラ。」


アイオリアがシュラの名を呼び、腕の中の私を差し出す。


「これは、お前の役目だろう? アレックスを守るのは、お前しかいない。」
「アイオリア。認めてくれるのか? 俺達の事を。」


私をシュラに預けたアイオリアは、背を向けて建物の方へと歩き出していた。
彼は振り返らずに、右手だけを軽く上げる。
そんな簡単な仕草だったけれど、その手の動きが、十三年間、私達の間を阻んできた誤解の溝を、一瞬で吹き飛ばしていた。



→第9話へ続く


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