私はキツく唇を噛んだ。
先程、アイオロスとシュラに言われた事が、こんなに早く現実の災難となって自分に降り掛かってくるなんて。
冗談だと思って聞き流していた。
私を褒める、所謂、お世辞の言葉のようなものだと思って。
こんな事になると分かっていたなら、もっと周囲も警戒していたのに。
私はアイオリアの事で頭がいっぱいで、会場に入ってからは、アイオリア以外の何一つも目に入ってはいなかった。


「あのマフィアみたいな男は、キミの恋人かい? 何処の誰だか知らないが、あんな怖い顔の男よりも、僕と一緒にいた方が、キミにとっては遥かに幸せだよ。贅沢はし放題、キミが望む事はなんだって出来る。」
「は、離してください! 私には、シュラ以外に望む物なんてありませんから!」


だが、どんなにもがいたところで、私は非力だ。
所詮、男性の力になど敵う筈もない。
暴れれば暴れるだけ、余計に引き寄せられて、気付けばいつの間にか抱き竦められているような危険な体勢になっていた。
シュラやアイオロス以外の男性と、こんなに間近で接した事などない。
兎に角、嫌で嫌で気持ちが悪くて、寒い訳でもないのに身体中に鳥肌が浮かび上がっていた。


「――オイ、貴様! その汚い手を離せ! アレックスから離れろ!」


その時、突然、テラスに響き渡った声に、私も、その人も動きを止め、振り返った。
目に飛び込んできたのは、怒りを露わにした表情で扉の前に仁王立ちし、私を抱き竦める男性を睨み付けているアイオリアの姿だった。


「何だ、キミは? さっき彼女と一緒にいた男とは違うね。もしやキミも彼女の崇拝者の一人か?」


その言葉が、アイオリアの中の怒りを更に増幅させたようだ。
益々、険しい顔になり、今にも飛び掛りそうな様子は、まるで怒り狂った獅子を思わせ、私の方が恐ろしさで竦んでしまう程だった。


「腐れ外道が、その目は節穴か? 俺はアレックスの兄だ! 大事なモノもロクに見えない、その小さな目を見開いて、良く見てみろ!」
「兄だと……?」


その人は、腕の中の私と、扉の前のアイオリアを交互に眺め、それで納得したのだろう。
片眉を上げて、フッと小さな笑いを零した。
その笑い方に、益々、嫌な気持ちが大きくなる。
それはヤケに鼻に付く、他人を下に見ている人のする嫌な笑い方だと思った。


「成る程。確かに、言われてみれば似ているね。」


アイオリアと私は、金茶色の癖毛とエメラルドの瞳、それ以外は所々に似通ったパーツがあるくらいで、そうと言われなければ血縁だとは気付かれない程度だ。
実際には『兄妹』ではなく、『従兄妹』なのだし。
それにしても、アイオリアが躊躇い無く私の事を『妹』だと言ってくれたのが、こんな状況にありながらも、とても嬉しかった。
長年、大きく開き続けていた穴が、少しずつ埋まっていく感覚。
それがジワジワと私の胸を捉える。


「では、お兄さん。彼女を僕にくださいませんか? 後悔はさせません。彼女にとって最高の生活を僕が保証します。どうですか?」


彼が、鬼のような形相のアイオリアを相手に、少しも怯まない事だけは、感心しよう。
いや、もしかしてこの人、鈍いだけなのかも。
アイオリアの全身から発せられている、この殺気に気付かないなんて。


「アレックスにとっての最高の生活は、シュラと共にある事だけだ。シュラ以外にアレックスを幸せに出来る男など、この世には存在しない。俺は、そう思っている。」
「アイオリア……。」


言葉にならない程に嬉しかった。
アイオリアは私達の事、認めてくれていたんだ。
私の幸せはシュラと共にある事だと、ちゃんと理解してくれていた。
涙が、零れてきそうだ。





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