貴方の腕の中で、噛み締める思い出を



最初で最後の恋



1.微睡みの中の幼き日々



私が覚えている一番古い記憶は、彼の背中におぶさって見た、十二宮の景色だ。
夕焼けに染まる階段を、彼の背中越しに見上げれば、まるで世界が真っ赤な小宇宙に覆われているような気がして。
これはアテナ様の温かな小宇宙かしら?
子供心に、そんな事を思いながら、私は目を細めて、暖かな色の中を進む彼の背中に身を預けた。


それは小さな子供だった頃の事――。


やんちゃな私は、いつも勝手に宮を抜け出しては、森の中に入って行き、その度に私を探して大捜索が行われた。
アイオロスもアイオリアも、私を探し出す事が出来なかったのに、彼はいつも難なく私を見つけ出し、そして、こうして軽々とおんぶして人馬宮へと帰った。


「ね、シュラにぃ。まっかっかできれーだね。」
「起きていたのか、アレックス? 随分と大人しいから、寝ているのかと思ったぞ。」
「ねてないも〜ん。」


私は夕陽に赤く染まった彼にギュッとしがみ付いて。
そして、その黒い髪に自分の顔を埋めた。


「擽ったいぞ、アレックス。」
「じゃあ、もっと!」


そして、彼は小さな笑みを零す。
本当に微かな、はにかんだ笑顔。


私は彼が大好きだった。
当時の聖闘士候補生の中で、表情を崩さない彼は、冷たくて怖い、何処か近付き難い印象だと言われていたけれど。
私には彼が零す微かな笑顔の中に、温かさも優しさも、それ以外の色んな感情も、その中に含まれている事を沢山感じ取っていた。


この聖域の中で生まれ、そして、育った私。
父親は私が生まれて直ぐに亡くなり、母親とは僅か三歳の時に死別した。
両親を二人共に失った私は、従兄弟のアイオロスの下へ身を寄せた。
当時、人馬宮には、まだ黄金聖闘士になる前のアイオリアも住んでいて、三人で仲良く暮らす毎日に、いつしか両親のいない寂しさも薄れて。
私は毎日が、この上なく楽しいとすら感じていた。
七歳年上のアイオロスはお兄ちゃんで、同い年のアイオリアは双子の兄妹のように、二人共優しくて、頼もしくて、大好きで。
そこは温かで柔らかな家庭だった。


そして、少年の頃から多くの人望を集めていた、射手座の黄金聖闘士であるアイオロス。
彼を慕って人馬宮へと集まってくる候補生も多かった。
シュラも、その一人。
スペインのピレネー山脈で修行を積んだ後、聖域に移ってきた彼は、候補生達の中ではダントツに強く、そして、誰よりも熱心だった。


「ね? シュラにぃもセイントになるの?」
「あぁ。俺は黄金聖闘士になる。」


思った以上に過酷な、アイオロスによる指導と修練。
一人、また一人と脱落していく者達の中で、明らかに異彩を放っていた彼は、ただ一人、変わらず人馬宮に通ってきていた。
私は、そんな彼の事も兄として慕うようになっていた。


「シュラにぃなら、ぜったいになれるよ!」
「アレックスに言われると、心強いな。」


大好きだった。
彼の事が誰よりも好きだった。
それが『愛』だと、まだ知らない私だったけど、ただ彼の事ばかりを想っていた。


そして、その想いは今も変わらずに。
私はずっと彼を愛し続けている。





- 1/30 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -