十二宮の階段を双魚宮へ向かって上り始めた頃、空はゆっくりと傾き出した太陽の光で、淡いピンク色に変わろうとしていた。
まだ夕方とも言い切れない、その色。
何処か遠く故郷を思い出させるような、郷愁を誘う色。
ふっ、おかしいな。
幼児と言うにはまだ早い年齢の頃に、この聖域へと連れてこられた私には、故郷の記憶など微かにもない筈なのに。


「……デスマスク、様。」
「あン? なンだ?」


慣れない感情の動きに僅かばかりの戸惑いを感じていた私の横。
ずっと黙ったまま階段を上り続けていたアレックスが、私達の数段先をダルそうに歩いていたデスマスクの背中に向かって話し掛けた。
何処か躊躇いがちに、迷いを含んだ声色で。


「アレは……。父では、ないですわね?」
「お、やっぱ気付いてたか。流石は実の娘だな。」


アレ――、先程、中央の壁に現れた死仮面。
聖域の警察機構の役人に連れて行かれた彼等が、前の頭だと言って恐怖した、あの顔。
アレが、アレックスの父親ではなかったというのか?


「もう七年も前の話だぜ? 未だに彷徨ってなンざいねぇだろ。」
「では、アレは誰だったと言うんだ、デスマスク。」
「誰かは知らねぇ。黄泉比良坂にいた亡者の中から、コイツのオヤジさんに似たヤツを探してきて、ちょっと登場して貰ったンだよ。」


全く、デスマスクの無頓着と無節操さには大いに呆れるばかりだ。
だが、今回ばかりは、それに助けられたのだから、何も言う事は出来ないのだが。


「父は……、いつも言っていました。いつ死んでも未練がないように、毎日を精一杯全うして生きているんだ、と……。」
「あぁ、それはキミの父親らしいね。あの人は、そういう人だったよ。」
「ま、もし未練があったとすりゃ、オマエの事だろうな。悪い虫がついてないか気になって、あの世から迷い出てきそうだ。」
「実際、悪い虫が付いてしまった事だしね。しかも、聖域一の悪い虫だ。」
「ぁあ? そりゃ、俺の事か、アフロディーテ?」


私とデスマスクの遣り取りに、クスッと小さく上品な笑みを零すアレックス。
良かった、彼女に笑顔が戻ってきた。
なにも、凛とした冷たい表情ばかりがアレックスじゃない。
こうして柔らかに微笑む彼女だっているんだ。
他の皆は知らなくても、私は知っている、私だけは。
いや、もう一人いたな。
そう思って、前を歩く男の少し猫背気味な背中を見上げた。





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