ヤンキー女官と世間知らずの英雄



聖域に、以前と変わらぬ日常が戻ってきた。
少し前まで、そこかしこから響いていた修復工事の音は減りつつあり、聖戦の影響で破壊された箇所、階段も、通路も、建物も、急速に復旧している。
皆の力を合わせれば、こんなにも早く元の姿に戻るものなのかと感心しながら見渡す十二宮の景色は、真新しい石材による多少の色の違いはあれど、聖戦以前と大きな違いは殆どなかった。


とはいえ、壊れたものは修復出来ても、元に戻せないものはある。
その筆頭が人の命だけれど、その理(コトワリ)に逆らって、戻ってきた命があったのには、ただただ驚くしかなかった。
聖戦に関連する一連の闘いの中で命を落とした聖闘士達。
それが皆、再びの生を受けて戻ってきたのだから、聖域中の人々、神官長すらも、あの時は驚愕の表情で彼等の帰還を見守った。
全ては女神様のお力、神同士の話し合いと協定で決定された、ただ一度だけの特別な奇跡だった。


そして、私は――。
帰還後、暫くの間は、身体が固まって動かせずに寝込んでいたアイオリア様の傍で、彼のお世話を続けていたのだが。
流石は黄金聖闘士、筋肉自慢の獅子座様。
あっという間に、元の強靭なアイオリア様に戻って、颯爽と任務に戻っていった事から、お世話係は用済みとなってしまい、ぽっかりと空いた時間で人馬宮の掃除などを始めた。


ココは無人のままだ。
信じ難い奇跡の果てに戻ってきた聖闘士達の中に、アイオロス様の姿はなかった。
当然と言えば、当然の事。
他の聖闘士達と違い、彼が命を落としたのは十三年も前の出来事。
流石に、それ程の時間が経過していれば、復活なんて難しい。
いや、有り得ない。
それでも、こんな風に人馬宮の手入れを怠らないのは、次の射手座の黄金聖闘士に選ばれる人のために、直ぐに使えるようにとの現状維持と、もしかしたらもしかするかもしれないという砂粒以下の微かな奇跡を願っての事だった。


「よぉ、アレックス。今日も無意味なコト、やってンな。何を期待してンだか。」
「あ、カニマスク様。おはようございます。」
「カニマスクじゃねぇよ! デ・ス・マ・ス・クだ、デスマスク!」


デスマスク様は、いつもこうして私に悪態を吐く。
いや、からかって楽しんでいるだけ、じゃれ合う猫みたいなもの。
今朝も人馬宮前の落ち葉を掃き掃除していた私に、ニヤニヤと笑い半分で嫌味を投げ掛けてくる。
本気の嫌味ではなく、私の返しを面白がっての嫌味。


「別に期待なんてしていません。ただの日課ですから、どうか気になさらず。」
「ああ言えばこう言う、減らず口は治らねぇ。『はい、デスマスク様。分かりました、デスマスク様。』しか言わねぇ他の女官達とは大違いだな、アレックスは。」
「そもそもの経歴が違いますから、彼女達とは。」


私は元・巫女だ。
女神様に仕える、アテナ神殿の巫女。
女神様の声を聞き、女神様の力を助け、支える。
聖闘士や兵達が闘いで負った傷を癒したり、聖域を覆う結界の維持を担ったり。
それが巫女の主な仕事。
聖域に住まう他の一般人達とは違い、ある程度の神聖な力を持つため、聖闘士に次ぐ特別な地位を与えられている存在。
今では、ただの女官だけど、以前は、そんな力と地位を持った巫女だったのだ、私は。
いや、あの時は、まだ七歳だったから『巫女見習いだった』が正しい。





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