ミロは空を見上げた。
青い空の下で、青々と茂った木の枝がサラサラと風に揺られていた。
見上げるミロと、目を伏せるアレックス。
諦め切れないミロと、既に諦めているアレックス。
対照的な二人の姿。


「分かった。」
「……ミロ様?」
「アレックスが頑固で融通が利かないって事が、よぉく分かった。ならば、手段を変える。」


驚きで目を見開くアレックスを残し、ミロは彼女に背を向け歩き出す。
来た道を足早に戻っていくミロの背中を、焦りと困惑が隠し切れないアレックスの声が追った。


「な、何をなさるおつもりですか?! わ、私の事など諦めてください!」
「言っただろ! 俺は意外と執着心の強い男だって! 諦め切れないものは、諦め切れない!」


振り返りもせず、強引さばかりを滲ませた強い口調で言葉を返す。
その後もアレックスは何かを、多分、ミロを止める言葉を、必死に叫んでいるようだったが、ミロは返事をする事も止めた。
気持ちは前だけを見ている。
ミロの歩調、歩幅であれば、彼女には追い着けない。
走って追って来ようとも、本気を出しさえすれば、一瞬で振り切る事も出来る。
アレックスが、どんなに必死で制止しようと、この先の行動を止める気は、ミロにはなかった。


アスガルドは雪と氷に覆われた地域だ。
これまでのように陽の光の下、木陰で読書など絶対に出来ないだろう。
幼い頃から、あの木の下に居るアレックスを何度も見た。
読書をしている姿は勿論、ランチボックスを広げていたり、ただボーッとしていたり、時には自分と他愛のない話をしたり。
あの木の下に居る彼女の姿を見られなくなるのは嫌だった。
いや、それ以上に、あの木の下に彼女が行けなくなる事が嫌だった。
自分が、その姿を見る、見ないは、二の次だ。


「サガッ!」
「ミロ、何処でサボっていた? まだ書類が山積みだ。早くそれを処理してしまわないと、夕刻までには終われんぞ。」
「それより、サガに聞きたい事がある!」


執務室へと戻ってきたミロは、書類から目も上げずに小言を呟くサガの前へと真っ直ぐに進んでいった。
部屋を横切りノシノシと進んでいくミロを、カミュは目を丸くして眺め、そんなカミュの視線も気にせず、ミロはサガのデスクにバンッと両手を付いた。
そこで漸くサガが書類から目を上げる。
見上げた先の、真剣で且つ切羽詰まった様子のミロに、サガは心の中で、「おや?」と首を傾げた。


「何事だ?」
「アレックスの事だ。アスガルド行きって、絶対に彼女じゃなきゃ駄目なのか? 彼女じゃないといけない理由があるのか?」
「いや、特にそういう訳ではないが……。」
「なら、他の女官でも良いんだな?」
「あ、あぁ……。」


ミロの剣幕に気圧されて、サガが曖昧に頷いた。
それを確認すると同時、ミロは背を向けて、執務室を出て行こうとする。
「待て!」と呼び止めるサガの声は、聞こえていないのか、聞こえていて無視したのか。
その姿は、あっという間にドアの向こうに消えてしまった。
後に響くのは、大きな溜息一つ。


「はぁ……。まさかミロの尻に火を点けてしまうとは……。シュラ辺りが動くかもとは思っていたが……。」
「サガは、こういう展開を予想していたのか?」
「誰かが止めに来るだろうとは思っていた。アレックスは優秀で、失いたくない人材だからな。」
「先程、アスガルドとの友好関係とか、いい加減な人選は出来ないとか言っていたのは、単なる理由付けだったのか。」
「それらしく聞こえただろう? あぁ、それにミロへの多少の脅しになればという思いもあった。あの報告書は酷過ぎる。」


たるんだ気持ちを引き締め、少しでもやる気を出してもらえれば良い。
その程度に思っていたのだが、まさかアレックスを引き留める側に回るとは、予想外も予想外過ぎる結果だった。





- 10/17 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -