「ミロ様……。」


静かなアレックスの声が、戸惑うミロの耳に流れ込んできた。
彼女の表情は未だ困惑気味ではあったが、その瞳は真っ直ぐにミロを見据えている。
ミロは口を挟む事なく、彼女の言葉の続きを黙って待った。


「もし、私がその提案を受け入れたとして、ミロ様は本当に後悔しないのですか?」
「……後悔?」
「私は、何処に居ようと、何をしようと、この性格は変わりません。それはつまり、教皇宮でも、天蠍宮でも、同じだという事です。私の厳しさは変わりません。貴方の宮の専属になったからといって、甘くなるなんて事はありません。それでも……。」


変わらなくて良い。
変わって欲しくない。
今のままの彼女で、幼い頃から変わらない真面目で厳格な彼女のままでいてくれれば良い。


「何かが変わる事を期待して言ってる訳じゃないさ。寧ろ、変わらない事を望んでる。アレックスがいて、俺の悪いところを叱って。そんな今までと変わらない日々を望んでるんだ。」
「ずっと変わらないなんて事、有り得ないんですよ。現に、聖戦の後……。」


言葉の続きを濁すアレックス。
あの時、聖域は大きく変わった。
大きな闘いがある度に、聖闘士の姿が減っていく。
そして、最後には黄金聖闘士全員がいなくなってしまった。
あの時の喪失感を思い出し、そして、思い知らされた世の常を噛み締める。
変化のない世界など、何処にもないのだ。


「だが、俺達は戻ってきた。また、前と変わらない聖域に戻っただろ。変わらない事だって、あって良いんだよ。」
「奇跡ですよ、あれは……。」


アレックスの髪が、風で柔らかに揺れる。
細められる彼女の瞳。
その瞳に映っている自分の顔が一瞬、ゆらりと揺らいだように、ミロには見えていた。


「……お断りさせていただきます。」
「断る? 何故?」
「私がアスガルド行きを断れば、他の女官がその役目を務めなければなりません。私が自分の務めを放棄して、それを他の子に押し付ける訳にはいかないですから。」
「そうか? 喜んでアスガルドに行きたいって女官もいるかもしれないだろ?」
「そんな子がいるとは思えませんけれど……。」


アレックスが寒気が苦手だからといって、聖域にいる女官全てが寒さに弱いとは限らない。
北国出身の女官ならば、故郷に近いからと、アスガルド行きを喜んで承諾するかもしれない。
何も、必ずアレックスが行かなきゃいけない訳じゃないのだ。
事務処理能力が高く、ヒルダのサポートが出来るのであれば、他の女官でも問題はない。


「派遣されるのは、女官二人と修復師が二人。既に人選は終わっています。今から、また別の女官を選ぶとなると、時間も足りません。選ばれた方も、急な派遣になり、準備とか色々と大変でしょう。」
「でも、それは建前だろ。アレックスが、俺の提案を断る理由は、もっと他にあるように思うんだが、違うか?」


何となく、それらしい尤もな言葉を並べられて納得しそうにもなるが、それが彼女の本音だとはミロには思えなかった。
本心を隠している。
隠して、知られないようにしている。
ミロは、その隠された本心を知りたくて、それが知れない限りは引き下がる気はなかった。


「今日は随分と執拗ですね。いつものミロ様とは違います。」
「本当の俺はコッチだよ。意外と執着心の強い方でね。納得するまでは引き下がりたくない。」
「…………。」


アレックスの表情は変わらなかった。
風のように涼やかで、それでいて、瞳の奥にだけ困惑の色が見えている。
暫しの逡巡。
そして、彼女は再び、目を伏せた。
足元から長く伸びた影が、二人の間に横たわっていた。





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