視界の右側に女神像を捉えながら進んでいく丘への小道。
大股で歩き続けるミロは、あっという間に、丘の頂上まで後僅かという場所まで来ていた。
道の先に、あの木が見えている。
十数メートルで木の下まで辿り着くところまで来て、そこに人が居る事にミロは気が付いた。
アレックスだった。


早く彼女の元まで行こうと、歩を速めたミロ。
だが、直ぐにその足をピタリと止め、傍の生垣に身を隠す。
最初はアレックスの姿しか見えていなかったが、その脇、木の幹に隠れた場所に、もう一人居る事が分かったからだ。
ハタハタと揺れる女官服の白いスカート、彼女はその相手を見上げていた。
相手は背の高い男、か?
ミロは気配を消し、代わりに耳に小宇宙を集中させた。


普通、これだけの距離があれば、彼等の声・会話は聞き取れない。
しかし、黄金聖闘士であるミロは、耳に小宇宙を集中させる事で離れた場所に居る相手の声も聞く事が出来る。
それは、聴覚に限らず、視覚や嗅覚でも同じで、強い小宇宙を持ち、それを自在に操る術を身に着けている黄金聖闘士だからこそ出来る技。
その技を以って、木の下に居る二人の会話に耳を澄ませた。


『……だ。悪くない話だと思うが。』
『しかし、それでは余りにも……。』


この声……、相手はシュラか?
何故、シュラがアレックスとこんなトコで話をしている?
ミロは頭の上に疑問符を浮かべながらも、彼等の会話の続きに集中する。


『余りにも、何だ?』
『シュラ様が損をされるのではないかと……。』
『損? 損などないだろう。俺とお前が結婚する事の、何処に損があると?』


結婚?!
シュラがアレックスに結婚を申し込んだというのか?!
まさか……、彼女のアスガルド行きを回避するためだけに、か?
ミロの頭の上の疑問符が、更に増えていく。


『俺の妻になれば、あんな寒いアスガルドに行かなくて良くなる。教皇宮の女官としての仕事を辞める必要もない。宮の雑務は元から自分でこなしている。結婚するからといって、それをアレックスに押し付けるような事はしない。』
『やはり、それではシュラ様に得がないじゃないですか。』
『俺はお前と一緒に生活出来るだけで得だ。アレックスと夫婦になれるだけでな。』


木の幹の陰から手が伸びて、アレックスの頭に置かれた。
そこから手はゆっくり下がり、彼女の左頬を包み込む。
その様子を、遠く生垣の隙間から見ていたミロは、胸がチクリと痛むのを感じていた。
何だろう、この痛みは?
何だろう、このモヤモヤした気持ちは?


『私と夫婦になっても、シュラ様は失望されるだけかと。』
『何故、そう思う?』
『だって……。私ほど、つまらない女はいないでしょうから。』
『夫婦になるのに、面白さは必要ない。それを言うなら、俺の方が余程、つまらない男だ。』


シュラが説得を試みるも、結局、アレックスは首を横に振った。
彼の提案は、受け入れられなかったのだ。
シュラの大きな溜息が、聞き耳を立てていたミロにまで聞こえてきた。
その瞬間、ホッとした自分に気付き、ミロはその事実にドキリとする。
胸の痛みと良い、モヤモヤと良い、そして、ホッとした事と良い、まるで恋する少年の反応じゃないか。
自分の心の動きに戸惑いながら目を離せずにいたミロの視界の中、シュラが木の陰から姿を現し、アレックスに背を向けて丘を下り始めた。





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