いつにも増してサガの溜息が多い。
チラと見遣った視線の先で、サガは添削だらけで真っ赤なミロの報告書を未だに眺めている。


「俺の報告書は、それ程までに凄い溜息の素なのか、サガ?」
「ん……? あぁ、すまない。確かに、お前の報告書には頭を抱える事も多いが、それよりもな……。」
「それよりも?」


頭を抱えるって言葉は聞き捨てならないが、そこに食い付いては話が逸れてしまう。
文句の一つも吐きたいのをグッと堪え、ミロはサガに続きを促した。


「こうして私の手元にくる前に、あの子が目を通してチェックをしてくれていたお陰で、随分と私の手間が省けていた。それが無くなると思うとな。溜息も吐きたくなる。」
「サガ、それはどういう事だ? あの子とは誰なのだ?」


ガサリと紙が擦れる小さな音を立てて、サガがミロの報告書をデスクの上に置いた刹那。
不意に、生暖かい風がミロの首筋を掠めていった。
いや、正確に言えば、『掠めていったように感じた』が正しい。
石造りの教皇宮、分厚い壁に囲まれた執務室の中で、風が吹き抜けていくなど有り得ないのだから。


「アレックスを、アスガルドに派遣する事になった。」
「アスガルド? 何故?」
「アレックスだけではないんだがな。あちらから要望があった。街の復興を進めたいが、ある程度の人手はあっても、実務や事務に慣れた人材が不足していて、思うように作業が進まない、と。それで文官と修復師を二人ずつ遣わす事になったんだ。」
「そこにアレックスも行く理由が分からぬが……。」
「ヒルダ殿が、秘書的な役割をこなせる、優秀で信頼のおける女官を一人、暫く貸してくれないかと言ってきてな。」


それで、アレックスがアスガルドに……。
サガとカミュの会話を黙って聞いていたミロは、胸の内側がスッと冷えていく感覚に襲われていた。
ヒルダの望む条件に合致する女官といえば、アレックスの名が真っ先に上がるのは当然だろう。
だが、彼女が聖域を離れる事で出る損失も大きいのではないか。
サガが頭を抱える姿からも分かるように、スムーズに書類の処理を進めるには彼女のチェックが不可欠。
つまり、これまで以上に、書類の処理に時間を取られるようになる事は確実だ。


「別に他の女官でも良いのではないのか? アレックスほど優秀ではないにしても、それなりに機転が利く女官も何人かいるだろう?」
「これから深まっていくアスガルドとの友好関係を思えば、な。いい加減な人選は出来んだろう。女性がトップに立ち、皆を引っ張って頑張っているのだ。ヒルダ殿には良い補佐官を付けてやりたいではないか。我等はアレックスに頼り過ぎていた。もう少し、気を引き締めて執務に挑み、各々が個々に努力すれば、きっとアレックスの抜けた穴も埋められる。そう思わんか、ミロ。」
「……ん? あ、あぁ、そうだな。」


突然、サガに同意を求められ、ビクッと身体を反応させたミロだったが、返した言葉は気の抜けたものだった。
アレックスがアスガルドに行くと聞いてから、どうにも心が落ち着かない。
これからはスペル間違いのような単純なミスをしないよう気合いを入れて執務に当たりなさいと、サガに軽い説教にも似た言葉を掛けられていても、ミロの耳には右から左、全く届いていなかった。


「……いつから?」
「来月の頭だ。出来るだけ早くに、との事だったのでな。」
「そう、か……。」


来月の頭といえば、あと十日もない。
数日前、アレックスと交わした会話が、ミロの耳の奥に甦る。
聖域は暖かくなった、寒いのは苦手だ。
そう言ってなかったか、彼女は。


「……ミロ? 何処へ行く?」
「ちょっと気分転換。外の空気を吸って来る。」


居ても立ってもいられずミロは席を立ち、執務室を出た。
どうして、そんな気持ちになるのか自分でも分からず、僅かばかりの苛立ちを感じながら……。





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