窓から差し込む陽光が、疲れた瞳にチカチカと眩しい。
ミロは瞼をパシパシと瞬かせた後、大きな欠伸と共に長く伸びをした。


「ミロ、気が抜け過ぎだぞ。もう少しシャンとしなさい。」
「気は抜けてない、ちゃんと書類の処理は進んでるし。ただ、昨日は、ちょっと夜が遅かったからさ……。」
「デスマスクのところで飲んでいたのだろう? 明日は朝から執務だからと理由を付けて、早く切り上げれば良かったものを。」


傍から見れば気が抜け捲っているミロのダラけた状態に、サガは苦笑いを浮かべながらも注意をし、カミュは眉を寄せて呆れた声を上げる。
そんな二人の視線も全く気にならないのか、ミロはもう一回、大きな欠伸を漏らした。


「そのつもりだったんだけどさぁ。お酒も美味かったし、話も面白かったしで、ついつい長居を……。」
「良い大人が、ついついとか言っていたら駄目なのだ。黄金聖闘士だろう。そこは堪えて、渋々でも帰宅すべきだろうに。」
「そうだぞ、ミロ。そのような心構えだから、このような事になる。」


ピラリ、右手で摘まんだ書類を、二人に見えるようグイと前に突き出すサガ。
アチコチに貼られた沢山の付箋と、白い紙を真っ赤に染める赤ペン修正。
この書類は一体……?


「一昨日のお前の報告書だ、ミロ。」
「はいぃぃ?! 俺? 俺の報告書? 何で俺の報告書が、そんな添削塗れに?!」
「典型的なスペル間違い。ココも、ココもだ。それに文法のミスが二か所、いや、三か所か。」
「たるんでいる証拠なのだ。デスマスクなんぞと飲んでいるから、こういう事になる。」
「いや、そこ、デスは関係ないし。てか、カミュはどうなんだよ? 俺だけじゃないだろ、ミスがあるのは。」


カミュの報告書は、いつも完璧だ。
そう言って、サガは空いていた左手でカミュの書いた報告書を摘まみ上げた。
真っ赤な報告書と真っ白な報告書、左右に並べられると一目瞭然。
カミュの書いたものは、文字の一つ一つまで流れるように美しい。
同じギリシャ語の報告書なのに、何故、こうも違うのか……。


「どうしてだ? カミュはフランス人で、俺はネイティブなのに……。おかしい、絶対におかしい……。」
「それなのだが……。私が思うに、ネイティブである事が返って悪かったのではないのか?」
「どういう意味だ、カミュ?」


数多いる聖闘士候補生の中でも、黄金聖闘士の候補生は極一握り。
将来を期待された彼等は、他の候補生達とは違う特別な育成カリキュラムを受けさせられる事が多い。
その一つが語学で、特にギリシャ語は母国語の如くに使えるようになれとミッチリ叩き込まれる。
他にも英語やスペイン語、フランス語やロシア語までも教え込まれるのだが……。


「ミロとアイオリアはギリシャ人である事を理由に、ギリシャ語の特訓は免除されていたように記憶しているが。」
「あぁ、そうだ。カミュの言う通り、俺はギリシャ語の特訓は受けてない。」
「そこが問題なのだ。普通の子供であれば当然、学校で受けている筈の国語の授業すら受けていない事になる。つまりは、話し言葉だけの何となくな文法と何となくなスペルで、今日までやってきたという訳だ。」


言われてみれば……、サガは他の黄金聖闘士達の報告書を頭の中で思い浮かべた。
ミロだけでなく、アイオリアも、そして、アイオロスまでもが、いつも報告書の内容が添削だらけで真っ赤だ。
それもこれも国語の勉強を怠ってきたせいだったのかと、今更ながらに気付かされ、サガは頭を抱えた。
皆が自分のように自主的に学習するとは限らないのだ。
とすれば、今の候補生達のカリキュラムも、一から見直さなければならないな。
サガは溜息を吐きつつ、もう一度、赤ペンだらけのミロの報告書を見遣った。





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