デスマスクの事は、どうでも良い。
いや、どうでも良くはないが、今は一先ず置いておこう。
現在の問題は、私の目の前で苦い諦めの笑みを浮かべたままのアレックスと、彼女の父を殺したという彫刻師の頭。
一体、どうするべきなのか、どうすれば良いのか……。


「今、キミはココを出て行くと言ったね。あの男を殺して貰えないのなら、自分が聖域を出て行くと。」
「……はい。」
「殺したら殺したで、このままココにはいられない。だから、修道院にでも入ると、そうも言った。」
「……はい。」


どちらにしろ、彼女は聖域を出て行く覚悟なのだな。
だが、私にとってそれは望ましくない未来だ。
アレックスのいない聖域など、味気なく居心地悪いだけ。
彼女を好きなのだと気付いた今は、以前にも増して、アレックスのいない毎日など考えられなくなっている。


「どちらも却下だ。何故、その二つしか選択肢がないんだい? 彫刻師の頭に罪を償わせたいのなら、他に方法は幾らでもあるだろう?」
「…………。」
「第一、アレックスがいなければ、女官達が右往左往するばかりだよ。キミがいなきゃ何も出来ないようなボンクラばかりだからね。」
「アフロディーテ様、それは言い過ぎでは……。」


言い過ぎだって?
お茶もマトモに淹れられないような女官など、ボンクラ以外の何者でもない。
大体、今の彼女達は、女官長であるアレックスに頼り過ぎている。
自分で自分の仕事も見つけられない、人の指示を仰がなければ何も出来ないような女官など、いてもいなくても同じ。
彼女達が十人集まっても、アレックス一人の方が何千倍も貴重な人材だ。


「兎に角、他の方法を模索しよう。キミがココを去る必要など、何処にもないんだ。」
「ですが、どうすれば良いのか、まるで検討が付きません。なにせ七年も前の事件ですし……。」


そう、しかも、事故に見せ掛けた不確実な犯罪。
確実に殺せる確立は極めて低い分、後の証拠が殆ど残らない厄介な殺人だ。
だからこそ、今まで誰にもバレずに真実が隠されてきたのだろうから。


「証拠は何一つありません。私が彼等の話を偶然に聞いてしまっただけですから。公の場で彼等に尋問したところで、そんな話は全く知らないと言われてしまえば、それでお終いです。」
「そうだね、確かにそうだ……。」


証拠はもう何処にもない。
彼等の口を割らせようとしても無駄だろう。
自分達が犯した殺人の罪を、そう簡単に白状するとは思えないし。
だとすれば、後は……。


「何とか彼等が自白するように仕向けられると良いんだけどね。」
「そんな事、出来るのでしょうか?」


アレックスは不安そうに私を見つめている。
彼女の心配も分からないでもない。
これは難しい仕事になるだろう。
だが、アレックスをこの聖域に留めるために、私はそれをやり遂げねばならないのだ。


「一時間後、宝瓶宮の入口に来てくれないか?」
「……え?」
「それまでに良い方法を考えておくから。ね?」
「は、はぁ……。」


戸惑うアレックスを余所に、私はガタリと音を立てて立ち上がった。
その方法なら、ある程度、もう考え済みだ。
後は、あの男を説得するだけ……。


そして、私は『ソイツ』の居る場所へ向かって、光速で走り出した。





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