胸が痛い



「もおぉぉ! 何でよ!」
「おや? また断られたのかい、アレックス?」


プリプリと可愛らしく頬を膨らませて、休憩室へと現れたアレックス。
勢い良く私の隣へと座ると、持ってきたクッキーを、怒りに任せてボリボリ貪り始めた。


「そうなの! あの人は、どうして、いっつも、いっつも、い〜っつも、私の誘いを断るのかしら?! 女の子の方から勇気を出して誘っているっていうのに!」
「まぁ、あれは天の邪鬼だからね。」


アレックスの怒りの原因はデスマスクだった。
昔から彼女はヤツの事が好きで、デスマスクも彼女を悪くは思っていない。
それどころか、喧嘩するほど仲が良いの典型みたいなもので、言い合い・罵り合いをしながらも、他のどの女官よりも近い距離にアレックスを置いていた。


「自分が誘ってくる時は、私の都合なんか関係なしに、無理矢理でも連れて行くのよ! なのに、私がお願いする時は、絶対に断るって、どういう事よ! 何様のつもりなの?」
「まぁ、腐っても黄金聖闘士だからね。蟹には蟹なりにプライドもあるのさ。」
「蟹のプライドって……。その言い方、ふふっ。」


怒っていたかと思えば、プッと噴き出して楽しそうに笑う。
目まぐるしい表情の変化、それがアレックスの特徴であり、愛らしいと感じるトコロだ。
明るく真正直で、曇りがなく一途。
そんな彼女の恋の相談に、ずっと私は乗ってきた。


「蟹なんて止めて、私に乗り換えれば良いのに。」
「え〜。でも、それは駄目よ。」
「どうして?」
「だって、アフロディーテは恋人というよりは、お姉様って感じだもの。誰よりも頼れる先輩のイメージかなぁ。」
「私は女じゃないんだけどね。」


呆れた声を上げた私の反応に、クスクスと笑い声を上げるアレックス。
つまり、男として見られていないという事だね。
良くて親友止まり。
恋愛対象としては、アレックスの視界には入らない存在。


「女の人じゃないのに、そんなに綺麗だなんてズルい。あ、今度、一緒にネイルサロンに行かない?」
「そのお誘いは、デスマスクに断られて時間が空いたから、かな?」
「そうとも言うかな。ふふっ。」


そろそろ潮時なのかもしれない。
そろそろ諦めなければならないのかもしれない。
どんなに彼女の事を好きで、どんなに彼女の事を深く想っていようとも、アレックスの心が傾く事などないのだから。


「行く? 行かない? どうする?」
「丁度、爪が痛んできたと思っていたんだ。アレックスとのお出掛けなら、喜んで行くさ。」
「じゃあ、次の月曜日ね。約束よ。折角だから、ランチもね。」
「あぁ、分かったよ。我が侭なお姫様。」


分かり易くて、真っ直ぐで、一直線に進むアレックスだからこそ、デスマスクのヤツは、からかい半分、照れ隠し半分で、ヒラリヒラリとかわしながらも、彼女の傍を離れないのだ。
奪えるものなら奪ってしまいたい。
そうすれば、ヤツも真剣にアレックスと向き合うのかもしれないけれど。
そんな事で、彼女の弾けるような笑顔と明るさを消してしまいたくはないから。
私は胸の奥に、この想いを押し込めて、押し込めて、今まで通りに押し込め続けて。
アレックスへの恋慕が消えて無くなってしまうまで、心の目を背けているしかないのだ。
どんなに時間が掛かろうとも……。



好きだったよ誰より



‐end‐





魚さまは、相手の子に『女友達的な人』とか『良き相談相手』とか思われちゃって、上手くいかない事も多そうだな、と。
中身は男なんですけど、見た目の麗しさと物腰の柔らかさに、そう思われがちなんでしょうね、きっと。

2017.05.11

→next.(蠍座の離ればなれになる恋)


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