退屈を持て余していたシュラの耳に、少し慌てた様子のノックが聞こえてきたのは、もう直ぐ三時半になろうかという時だった。
ドアを開くと、荒く息を吐くアレックスの姿。
教皇宮から走って下りてきたのだろうかと、シュラが疑問符を浮かべている間にも、彼女は慣れた様子でリビングへと入り込んでいく。


「ごめんね、シュラ。遅くなっちゃって。」
「いや、別に……。それより、仕事はどうした?」


こんな時間に訪ねてくるなんて、休みを取ったのか?
そう思って覗き込んだアレックスの顔は、みるみる内に驚きに満ちていった。


「シュラ、もしかして聞いていないの?」
「……何も。」
「今日、ここでシュラの誕生日パーティーをするのよ。それで私がお料理を担当するから、お仕事は早く切り上げてきたって訳なの。」
「料理……。」


昨日から二度に分けてアフロディーテが食材やら酒やらを運び込んできていたが、成る程、そういう事かと得心がいった。
が、皆で飲み会をするとは聞いていたが、アレックスが早くに来て料理をしてくれるなどという話は全く聞いていない。


「もしかして……、あの食材がそうだったのか?」
「ディーテが持ってきてくれたものなら、そうよ。今日のために運んでくれたの。」
「そうか……。すまない。」


シュラが何故、謝るのか。
言葉の足りない彼の真意を掴むのは難しい。
今度はアレックスが疑問符を浮かべて彼を見上げていると、それに気付いたシュラは、少しだけ罰が悪そうに豊かな黒髪を掻き毟った。


「今夜、皆が飲みに来ると聞いてたのでな。あの食材は『つまみを作れ』という意味だと思って……。」
「え、まさか……。」
「あぁ、そのまさかだ。全部、使ってしまった。」


シュラの言葉にガックリと膝を折るアレックス。
いや、落ち込んでいる場合ではない。
まだ何か作れるものが残っているかもしれないし。
アレックスは、一度は落ち込んだ気持ちを奮い立たせてキッチンへ向かったが、そこに用意されていた、つまみなどよりは遙かに手の込んだ料理の数々を目の当たりにして、更にガックリと項垂れた。


「これだから料理上手の男は……。」
「そう落ち込むな、アレックス。手間が省けたと思えば良いではないか。」
「それじゃあ、何のために休みを取ったか分からないわ。それに、このお料理が、私からシュラへのプレゼントの予定だったのよ。」


成る程、随分な落ち込みようだと思えば、そういう事か。
しかし、食材は何も残っていないし、他に作れそうなものといったら……。


「ケーキでも焼くか? 粉とバター、卵、砂糖もある。あと林檎があるから、林檎のタルトやアップルパイくらいなら作れるだろう。」
「ケーキなら、既にココに……。」


手にしていた包みを差し出すアレックス。
開けてみれば、これまた見事なガトーショコラが現れた。
艶々としっとりした表面に、雪を思わせる粉砂糖、そして、ふわりと漂う芳醇なチョコレートの香り。
何処の店で調達したのかと思えば、デスマスクが焼いたものだという。


「得意分野だから任せとけって。それ見ちゃうとね、他のは作れないよね。」
「確かに……。」


アフロディーテは食材と酒の調達、デスマスクはケーキ。
そして、アレックスが料理を。
三人で分担しての誕生日パーティーというプレゼントだったのだと、ここでやっと気付いたシュラは、申し訳なさそうに片眉を上げて、再び髪を掻き毟ったのだった。





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