一月十二日の午後。
外は爽やかに晴れて陽が差し、穏やかな天気に恵まれて。
だが、その一方、一月という冬真っ只中に相応しい冷たい空気に満たされた野外は、ブルリと身を震わせる寒さで十二宮を包み込んでいた。



ジグザグ模様の恋心



コクリ、執務の合間に喉へと流し込む温かな紅茶にホッと息を吐き、アフロディーテは手元の書類から顔を上げた。
何気に見た時計は、午後三時を幾分か回っている。
ハッとしてアレックスに視線を送ると、彼女は真剣にパソコンへと向かっていた。
カタカタとキーボードを鳴らし、聖闘士達から上がってきた報告書を黙々と打ち込んでいる。


「アレックス。」
「…………。」
「アレックス。時間を過ぎてるようだけど?」
「……はっ?! え、嘘?! もう、そんな時間なの?!」


時計を見上げたアレックスの顔色が、みるみる青く変わっていく。
バタンと派手な音を上げて資料を閉じ、バタバタと慌てた様子で帰り自宅を始める彼女は『てんてこ舞い』を絵に描いたようだ。
アフロディーテはクスリと笑み、デスマスクは少し呆れた様子で、そんなアレックスの慌てっぷりを眺めている。


「そんなに慌てなくても、磨羯宮は逃げたりしないよ。」
「でも、時間が足りなくなっちゃうわ。」
「まだ三時間もあンじゃねぇか。十分、十分。」


眉毛を八の字に下げたアレックスの頭をポンポンと撫でて、アフロディーテはその華奢な肩に、彼女のコートを掛けて上げた。
この日の女官としてのアレックスの仕事は、三時まで。
六時までの三時間はお休みをもらって、とある計画を実行する予定だった。
が、その予定は大事なスタートから、既に相当なる遅れを取ってしまったのだから、アレックスが慌てるのも落ち込むのも無理はない。
彼女のピンと張った気を少しでも緩めて上げようと、アフロディーテはコートの上から、その細い肩を軽く揉み解した。


「材料は既に磨羯宮に運び込んであるし、ケーキは……。」
「そこにあるから、忘れねぇで持ってけよ。」
「後はアレックスの見事な腕前さえあれば、時間なんて余るくらいだと思うけどね。」
「そう……、かなぁ?」
「そうさ。心配はいらない、楽しんで準備を進めれば良い。ね、アレックス。」


心配げに見上げる彼女のコートのボタンを留めてあげて、ふわりと首にマフラーを巻いてやって、そして、手にはデスマスクが用意したケーキの箱を握らせて。
ドアに向かってアレックスの背を押すアフロディーテ。
刻一刻と流れていく貴重な時間。
六時まで、残り時間は二時間四十五分。


「余った時間はシュラと二人、のんびりお喋りでもしたら良いさ。」
「本当に余るかしら、時間?」
「心配する事はないよ。あ、でも、アレックス。のんびりお喋りといっても、そんなに気を抜いちゃ駄目だよ。」
「どうして?」


既にドアノブに手を掛けていたアレックスは、背を押し続けるアフロディーテを肩越しに振り返った。
目映い笑みを浮かべた美し過ぎる彼の後ろには、自席に座ったまま大欠伸を零すデスマスクの姿が見えている。


「シュラのペースに飲まれちゃ駄目って事さ。あれは意外に誘導が上手い。」
「誘導? 良く分からないけど、気は抜かないようにするね。」
「モタモタしてねぇで早く行け。ホントに時間なくなるぞ。」
「じゃ、先に行ってるね。二人共、また後でね。」


――パタン。


教皇宮の廊下を足早に去っていくアレックスの足音が、徐々に遠ざかっていく。
その音を耳の奥で捉えながら、自分の席に戻ったアフロディーテに、それまで関心すらない様子だったデスマスクが、ギロッと睨むような視線を向けた。


「オマエ。今、アイツに暗示かけたろ。」
「そう見えたのかい?」
「見えたっつーか、聞こえたな。ありゃ、上手い事ハマれば、完全に食われるぞ。」
「そもそもが、そのつもりだったろう? この計画は。」


もう一方も、しっかり誘導しておいた事だし。
アレは生真面目であるが故に、こちらの思惑になど気付かず、あっさりと誘導に乗ってくれる。
フフフと軽やかに笑むアフロディーテに、「性格悪ぃな、ホント。」と呟きつつ、デスマスクは大きく片眉を上げてみせた。





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