「この際、ゾンビでも何でも良い。大事なのは、今、こうして私が生きているという事さ。生きて、キミの目の前にいる。」


目を細め、その厚く艶やかな唇に笑みを浮かべたまま、彼が話の先を続ける。
刹那に訪れた笑いの時が、それまで慎重だった彼の言葉を、柔らかいものに変えていた。
心も言葉も軽くなれたのは、こんな場面で発揮された彼女の隠れていた天然気質のお陰だ。


「あの時、私は聖戦の中で死ぬ事が分かっていた。生き残る事など決してないと理解していたし、覚悟もしていた。なのに、私は後悔したんだ、死の直前に。」
「後悔? 貴方が?」
「そう。二度目の後悔だ。一つ目はキミが去った後に、直ぐ追い駆けなかった事。二つ目はキミを捜そうとしなかった事。例え近い将来、自分が死ぬのだと分かっていてもだ。」


ゴトリと湯呑みをテーブルに置いた音が響いた。
残っていたお茶を一気に飲み干す事で、この先の言葉に弾みを付けようとでもいうのか。
彼の目が、再びスッと真剣なものへと変わる。


「ロディ……。貴方、そんなに……?」
「あぁ、そうさ。そんなにもキミを愛していたんだ。死の直前に、キミへ想いを何一つ伝えられていない事に気付いて、どうしようもない程に後悔した。」


ガタリと椅子の動く音がして、彼が身を前に乗り出した。
そして、湯呑み茶碗を包み込んだまま固まっていたアレックスの両手を、ふわっと柔らかに、それでいてシッカリと、自分の両手で更に包み込んだ。
手の平に感じるのは、茶碗の内側で揺れる緑茶の温もり。
そして、手の甲に感じるのは、豪奢な美しさとは裏腹に、力強く逞しい彼の大きな手の温もり。
アレックスには不思議な感覚だった。
一度、命を失ったという彼の手が、こんなにも強い情熱を滾らせて、自分の手を包み込んでいるという現実が。


「何度も言うけれど、キミは私に明確な別れの言葉を言っていない、アレックス。だから、私はキミと別れたとは、今でも思っていない。まだ、続いているんだ、私達の関係は。今でも、ずっとね……。」
「それは……。でも、自然消滅でしょう。」
「いや、そんなものは有り得ない。私は今でもキミを愛しているし、こうして新たな生を受けた今、もう一度、キミの事を捜そうと思っていた。そんな矢先、偶然にもキミと再会したんだ。」


それが『運命』なのだと言いたいのだろうか。
強い眼差しが、真っ正面からアレックスの瞳を射抜く。
その視線から逃れる事は許されなかった。


「もし……、私が既に他の人のものだったら、どうしたの?」
「奪うさ。死に物狂いでキミを奪う。」
「私がそれを望んでないとしても? 貴方を恨む事になったとしても?」
「恨む事などない。私がキミを愛しているように、キミも私を愛しているのだから。」
「凄い自信ね。どうして、そうと言い切れるの?」
「自信じゃない。それが真実だからだ。」


もう愛していないのなら、嫌いになったのなら、別れの言葉を告げて自分の前から去れば良かった。
だが、アレックスはそうしなかった。
愛がなくなった訳でも、嫌いになった訳でもなく、ただ逃げ出したかっただけだったから。
だからこそ、四年前のあの日、彼女は何も言わずに、彼の前から姿を消すという方法を選んだ。





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