「そういう訳だ。スマンが今日は一日、アレックスとコイツの相手をしてやってくれ。」


ラダマンティス様は猫を抱いたままスクッと立ち上がると、私に向けて小さく手を挙げた。
猫を連れてドアの方へと歩き出す後ろ姿を、慌てて追い駆けた私だったが、チラッと振り返った彼に、手で制止されてしまった。
止められてしまったなら、それ以上、追う事は許されない。


「あの、ラダマンティス様はどちらに?」
「お前達の邪魔にならぬよう、出掛けてくる。後は頼んだぞ、バレンタイン。」
「あ、は、はい。行ってらっしゃいま、せ……?」


何故に自分は上官の館に居て、その上官の外出を見送っているのか。
戸惑いと疑問でいっぱいになりながらも、ついつい常の癖で、膝を折り、深々と頭を垂れてしまう自分。
一体、何がどうなっているのか、未だに理解していないというのに、ラダマンティス様の部屋の中に、アレックスと二人だけで取り残されてしまった。


「気にする事ないわ。兄さんは早く恋人さんのところへ出掛けたくて仕方なかったのに、私に気を遣って留まっていたの。だから、貴方が来てくれて、そそくさと出て行ったという訳。」
「今日は何かあるのか?」
「やだ、忘れているの?」


アレックスは再び、私をソファーへと導くと、ティーポットの横に置いてあった淡いピンク色の箱を、私の手の中へと押し込んだ。
これは何処かで見た事がある。
地上では誰もが知る、有名なチョコレート店の箱だ。
とすると、中身は……。


「お忘れかもしれないけれど、今日はバレンタインデーなの。だから、私も、この子も、貴方に会いたかったのよ。」
「バレンタインデー、そうか……。」
「ミャーン!」


呆然と座る私の両サイドから突き刺さる、期待の視線。
ニコニコ微笑むアレックスと、ミャンミャンとじゃれ付く猫の間で、私はゆっくりと箱を開けた。
そこに現れた艶々のチョコレートは、まるで心躍る宝石だ。
そこに籠められた想いを感じ取れば、それは余計に輝いて見える程に。


「はい、あ〜ん。」
「バッ……! そ、そのような事っ!」
「そんなに恥ずかしがらなくても。ほら、兄さんも居ないし。」
「そういう問題ではないっ!」


自分でも、明らかに顔が真っ赤に染まっていると、ハッキリ分かる。
照れ隠しに、箱の真ん中に居座るチョコレートを引っ掴み、口の中へ放り込んだ。
甘く、それでいてホロ苦いチョコレートの芳醇な味が、口の中いっぱいに広がる。
あぁ、これは本当に美味しい、心に沁み込むようだ。


「貴方の好みは、ちゃんと熟知しているのよ、バレンタイン。」
「そのようだな。」
「ミャン。」


甘い匂いに釣られてか、チョコを摘んだ指を、猫がペロペロと舐め出す。
その擽ったさに、思わずフッと笑い声を漏らせば、アレックスに頬をツンと突っ付かれた。


「じゃあ、バレンタイン。今夜はココにお泊まり決定ね。」
「はっ?! な、何を言っている、アレックス?! 大体、そのような事、ラダマンティス様が……。」
「今夜は兄さん、帰ってこないわ。バレンタインなんだから、恋人さんのところにお泊まりよ。」
「だ、だからと言って……!」


尊敬する上官の館に、泊まれというのか?!
しかも、その上司が居ぬ間に!
嬉しくないと言えば嘘になる、寧ろ、こんな絶好の機会を逃したくはない、そんな不純な気持ちを抱くのは男として当然。
だが、いくら好きな相手と一緒とはいえ、いや、だからこそ、許されない行為なのだ、絶対に!


「今日は貴方のお誕生日でもあるでしょう? だから、そのプレゼントのつもりだったのだけど。そう、いらないのね……。」
「い、いや! そういう訳ではないのだが!」
「じゃ、泊まっていってね。この子も期待しているのよ。」


いつの間にか、ソファーの背に移動していた猫が、背後から首筋と頬に擦り寄って、ミャーンと嬉しそうに鳴いた。
覚悟を決めなければならぬな。
明日の朝、ラダマンティス様の怒り全開の攻撃を、この身に受ける、その覚悟を。


いや、今は先の事は考えず、アレックスと過ごす最高の夜を満喫する事としよう、か……。



と暮らす日々
キミと猫に、振り回される私



(明日、私がどうなっても構わないのか、アレックス?)
(愛があるなら、乗り越えられるでしょ。頑張ってね、バレンタイン。)
(ミャーン!)



‐end‐





本当は部下と妹がイチャコラするのは気に食わないけれど、自分だけ恋人さんとラブラブするのは気が引けるので、バレンタインデーくらいは二人に譲歩するラダさんとか、可愛い(そっちか?)
上官の妹さんだけに、バレさんは慎重に慎重にお付き合いを重ねていたために、この夜は、積もり積もった鬱憤(寧ろ欲求)で、大爆発したと思われますw

2014.02.16



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