そこで、それまで大人しく黙っていた彼女が、いや、正確には皆の邪魔をしないよう一歩下がったところで彼等の会話を聞きつつ上品な笑みを浮かべていた彼女が、スッと前に出た。
しなやかで華奢な両手が、アイオリアが床に下ろした鞄の一つに伸びる。


「アイオリア。衣類は私が片付けてくるから、この鞄、寝室に持って行っても良い?」
「あぁ、すまん、アシュ。それじゃあ、頼むよ。あ、こっちの鞄の中に、シーツとかも入っているから。」
「分かったわ、任せて。」


彼女が自分の身体の半分はありそうな大きさの鞄を両手で持ち上げ、ヨタヨタと歩き出すと、すかさずシュラがその手から鞄を奪い、運ぶのを手伝おうとする。
その姿を呆然と眺めていたアイオロスだったが、シュラが寝室のドアノブに手を掛けた瞬間に、何かのスイッチが入ったのか、ハッと我に返った。


「……アシュ? アシュだって?」
「そうだよ、兄さん。もしかして、気付いてなかったのか?」
「アシュって……。あの『アシュ』か?! あのお転婆で我が侭だった?!」
「そのアシュ以外、どのアシュがいるんだよ?」


アイオリアの言葉は、一体、どこまでアイオロスの耳に届いていたのか?
彼の上げた素っ頓狂な声に扉の前で立ち止まり振り返っていたシュラとアシュに向かって、アイオロスは目を見開いたまま駆け出していた。
勿論、彼の目にはシュラなど映ってはいない。
その瞳の中にあるのは、美しく成長したアシュの姿だけ。


「本当に……、本当に『アシュ』か? あの『アシュ』なのか?」
「は、はい……。」


驚き、呆然と立ち竦むアシュの手を、アイオロスは無意識に取り、その大きな両手で包み込んでいた。
見る見るうちに彼女の顔が真っ赤に染まっていく事などお構いなしに。
お構いないというか、それすら気付かず、ただ目の前のアシュに魅入り、食い入るように見つめている。


まさか、あのお転婆な子供のアシュが、こんなに美しい女性に成長しているなど、思いも寄らなかった。
いや、美しくなるだろうとは思っていた、アシュは幼い頃から可愛らしく愛嬌があった。
だが、予想を遥かに越えた美しさだ、今、目の前に佇むアシュの姿は。
第一、女官になる事すら危ういと思っていたお転婆な彼女が、その女官達の誰よりも上品な立ち居振る舞いを身に着けているばかりか、その雰囲気は女官というよりも、穢れる事を知らない巫女達に近い清純さを持っている。


白い頬を薄いピンク色に染めて恥じらい、僅かに俯く仕草の、何と可憐でいじらしい事。
これが本当に、一人で高い木の上によじ登り、俺達を困らせていたアシュなのだろうかと、穴の開く程にジッと見つめてしまう。
そして、アイオロスが強い視線で見つめれば見つめる程、彼女は恥ずかしそうに小さくなって俯くのだ。
それがまた、アイオロスの心を擽るとも知らずに。





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