ゆっくりと瞼を開く。
心地良い風を受け揺れる自分の髪の向こうに、煌く海面が見えた。
午前の光をいっぱいに受け、キラキラと輝く波。
遠くに見渡す街と、その向こうに広がる海は、あの頃と全く変わらない姿で、そこにあった。


静かな街、穏やかな海。
優しい風、眩しい光。
そして、直ぐ傍にある温もり。
少女の頃と何一つ変わっていない、何一つ……。


アシュは視界を邪魔する自分の髪を、無意識に掻き上げようと手を伸ばした。
刹那、グラリと身体が傾いて、慌ててアイオロスにしがみ付く。
ハッとして、直ぐ横にいる彼の方を振り返った。
そこには、おかしそうに笑いを噛み殺すアイオロスの顔が、目と鼻の先にあった。
その、あまりの近さに頬を染めつつ、アシュは彼の顔をジッと見つめる。


「何、アシュ?」
「ロスにぃ、覚えてたのね、この場所……。」
「忘れないさ。ココは大切な思い出の場所なんだから。それに、部屋のあの木の飾り。あれは、この思い出の木を模したつもりだったんだろう?」
「気付いてたの?」
「あぁ。」


その割には、何の反応も見せなかった事に、アシュは少しだけ不服そうな顔をみせた。
アイオロスの部屋に飾られているガラスの木。
飾り気のない質素でシンプルな部屋に、たった一つ、アシュが持ち込んだ華やかなインテリア。
それは、もう既に忘れているだろう、この木の上で交わした約束を、アイオロスに思い出して欲しいとの思いを込めて、アシュがそこに置いた。
このガラスの木を見る事で、アイオロスが思い出してくれたら。
だが、今、この時まで、アイオロスは一度たりとて、この木の話題に触れた事はなかった。
だから、あの約束も、もう思い出してはくれないだろうと諦めていた。


「この木の上で、俺達は約束したな。大切な約束だ。」
「……うん。」
「俺が二十五歳になっても結婚していなかったら、アシュがお嫁さんになってくれると。そういう約束だ。」
「うん。」
「アシュは美人に育って、俺は格好良い聖闘士になる。約束した通りになったな。」


言葉が出ない。
涙で視界が霞む。
目の前のアイオロスの顔でさえ、ハッキリと見る事が出来ない。
だから、アシュはキュッと唇を噛んで、大きく頷いた。


「もう俺は二十七歳だ。約束の歳から、二年も過ぎてしまったけど、俺と結婚してくれるね、アシュ。あぁ、違うか。俺が独り身だったら、アシュが『仕方なく』お嫁さんになってくれるんだったか。」
「ロス……、にぃ……。」


嬉しかった。
あの日の約束を、覚えていてくれた事も。
その約束を、思い出のこの場所で、今、まさに果たそうとしてくれている事も。
子供の戯言だと思われても仕方ないような約束だった。
でも、その約束を胸に、アイオロスがいない日々も、前を見て、強く生きてこられた。
だからこそ、彼が自分を選んでくれた事が、掴む事の出来ない奇跡のようにすら思えた。





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