「さて、と。準備は出来てるか、アシュ?」
「うん、いつでも。」


朝食を終え、カジュアルな服装に着替えたアイオロスは、隣の部屋から出てきたアシュに視線を向けた。
そのアシュも、いつもの見慣れた白い女官服ではなく、ふんわりとしたワンピースに暖かそうなカーディガンを纏っている。
小走りでアイオロスに近寄り、ニッコリと笑顔を浮かべて見上げれば、返ってくるのは同じだけ柔らかな笑顔。


「綺麗だな、ピンクの薔薇か。」
「色々迷ったんだけど、やっぱりこれが良いかなと思って。」
「あぁ、そうだな。うん、俺もこれで良いと思うよ。」


アイオロスは、アシュの腕に抱えられた花束を見下ろした。
濃いピンク色をした大輪の薔薇の花達。
花言葉は『感謝』。
確かに、今日、この日には最も相応しいのだろう。


「じゃ、行こうか。」
「はい、ロスにぃ。」


アシュは、寄り添うようにアイオロスの横に並んで歩き出す。
歩幅の大きな彼に遅れまいと、やや早足で歩く事にも慣れた。
最初は少し歩いただけで上がっていた息も、今では普通に会話をして歩ける程。
つい会話に夢中になって、段差に躓きそうになったアシュの身体を、すかさずアイオロスが支える。
そのまま、二人は腕を組んで歩き出した。
それは、聖域中の誰もが憧れを抱くような、まさにお似合いのカップルの後ろ姿だ。


二人が向かっていたのは、聖域の共同墓地だった。
聖域に居住する聖闘士以外の一般人のための墓地。
そこには十三年前に自ら命を絶った、アシュの父親の墓もあった。
アイオロスが休日のこの日、二人で墓参りに行く約束をしていたのだ。


「あぁ、そうだ。墓地に行く前に、少し寄りたいところがある。」
「寄り道? この近くなの?」
「まぁね。アシュも良く知っている場所だ。」


そこが何処なのか、どれだけ問い質しても、決して教えてくれないアイオロス。
結局、アシュは聞き出す事を諦めて、黙って彼について行った。
森を抜け、草叢を踏み分け、なだらかに上っていく斜面を進む。
アシュにとっては、懐かしい場所だった。
この丘は、少女の頃に、いつも来ていた。
風が穏やかで、夕陽が綺麗で、そして――。


「ロスにぃ、ココ……。」
「あぁ、そうだ。覚えているか?」
「勿論。忘れる訳ないわ。」


二人が見上げるのは、聖域一、見晴らしの良い丘に立つ、大きく高い一本木だった。
遠くに広がる街と、果てしなく続く海。
唯一、聖域の外に広がる大きな世界を垣間見る事が出来る場所。
少女の頃に、未知なる世界と、雄大な景色に憧れて、いつも登っていた木。
そして、アイオロスと大切な『約束』を交わした、思い出の木。


アシュの胸の奥に、じんわりと暖かな思いが広がった。
彼女にとっての思い出の場所を、アイオロスも忘れずにいてくれた事が、とても嬉しかった。





- 2/5 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -