「ふ……。クッ、ククク……。」
「わ、笑うなよ、シュラッ!」
「そう言われてもな。聖域の英雄ともあろう人が、慌てた様子でぬいぐるみを抱えてるんだぞ、目の前で。これが笑わずにいられるか。」


まだ早朝だという事もあり、抑えた低い声で笑うシュラ。
満足するまでひとしきり笑った後、指の甲で目尻に溜まった涙を拭いつつ、彼はスッと顔を伏せた。


「ありがとう、アイオロス。」
「え?」
「アシュを好きになってくれて。アシュの幸せは、貴方の傍にいる事だ。貴方がアシュを愛してくれるなら、これ以上、喜ばしい事はない。」


目を合わせるのが照れ臭いのだろう。
シュラは決して顔を上げようとはしなかったが、その声は真剣そのものだった。
そして、いつも鋭いシュラの瞳が、今は何処か優しい。
アシュの事を語る時、シュラもそうだが、アイオリアも、その瞳を柔らかに優しく細める。
それは本人達も気付いていないのだろう。
自分も彼女の事を想う時、同じような瞳をしているのかもしれない。
アシュは皆の心に優しさをもたらす、そんな女性なのだと、アイオロスは思った。


「ありがとうと言わなければいけないのは、俺の方だよ。俺の代わりに、ずっとアシュを守ってくれていた事、感謝している。お陰であの子は、素晴らしい女性に育った。」
「礼には及ばん。当然の事をしたまでだ。残されたアシュを守るのは、俺の義務だと思っていたからな。」
「義務、か……。」


ならば、アシュを幸せにする事が、自分の義務なのかもしれない。
その言葉を聞いて、アイオロスは瞬間的に思ったが、直ぐにそれを自分自身で打ち消した。
自分がアテナの聖闘士である限り、以前と同じように彼女の前から姿を消してしまう可能性は高く、そして、その時は、生き返って戻ってくるなんて都合の良い事は起きないだろう。
またアシュを悲しませる結果になるのならば、いっそ――。


「アイオロス。アシュを悲しませたくないから、これ以上、深く付き合うのは止めようとか、そんな事は考えるなよ。」
「っ?!」
「俺達がアテナの聖闘士である事は、絶対に変えられん。常に死と隣り合わせだ、それも変えられん。だが、今と昔では、俺達もアシュも変わった。例え短い時間だろうと、貴方に愛された記憶が残れば、その思い出を胸にアシュはきっと強く生きていける。あの子も大人になったのだ。性格こそあのように頼りないが、心は誰よりも強い。それは、この十三年という長い年月を、貴方の事だけを想い続けて過ごしてきた事で証明出来る。」


身を引く事はアシュのためにならない。
それどころか、彼女を悲しませ、苦しませるだろう。
アイオロスを想う事がアシュの生きる全てだったからこそ、彼女の幸せはアイオロスの傍にある事だけだった。
例え、それでまた悲しい時を迎える事になったとしても、一時の幸福だけでも彼女に与えてやりたい。
それが兄としてのシュラの思い。


実際には血の繋がっていないアシュを、これだけ心配し大切にしてくれているシュラに対して、簡単に背いてしまうなど無理に決まっている。
アイオロスは目の前の真剣な瞳をしたシュラを、逡巡の入り混じった青緑色の瞳で見つめていた。





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