9.暗示と困惑



早朝の十二宮。
まだ薄っすらと明け始めたばかりの空の下、シュラは軽やかに階段を下り、人馬宮へと入って行った。
殆どの人がまだ眠りの中にある時間だ。
勿論、人の気配などない。
だが、このような朝早い時間であるにも係わらず、アイオロスが起きている事をシュラは知っていた。
いつも、これくらいの時間から、彼は日課である朝のトレーニングを開始するのだ。
日によってはアイオリアも一緒だったりするトレーニングに、シュラも時折、一緒に行っていた。


勝手知ったる人馬宮、ノックをしても返事はなかったが、既にトレーニングに出て行ってしまったのか、まだ寝ているのか分からなかったシュラは、とりあえずとばかりにズカズカとプライベートルームへ足を踏み入れる。
リビングに入れば、奥の方から感じる人の気配。
耳を澄ませば、微かに水音が聞こえる。
アイオロスはまだシャワーを浴びているところなのだと理解し、シュラはそのままリビングで待つ事にした。


「……あぁ、シュラ。来てたんだ。すまない、待たせたね。」


濡れた髪を首から下げたタオルでゴシゴシと無造作に拭いつつ現れたアイオロスは、リビングの中にシュラの姿を見止め、早朝に相応しい爽やかな笑顔を浮かべた。
だが、部屋の真ん中に立ち尽くしていたシュラは、顔を上げるどころか、ピクリとも動かない。
そんな彼の様子に首を傾げつつアイオロスが近付いて行くと、シュラはその鋭過ぎる切れ長の瞳で、ジッと一点を見つめたまま、おもむろに口を開いた。


「アイオロス……。これ、は?」
「あぁ、これか。ハハッ。」


シュラの視線の先には、長ソファーの上に置かれたぬいぐるみ達がいた。
この宮にも、この宮の持ち主にも相応しくない可愛らしいぬいぐるみが、ソファーの両端に二体ずつちょこんと座っている。


「俺は最初、恥ずかしいから買わないと言ったんだが……。アシュが、どうしても欲しいと強請(ネダ)ってな。」


あんな風に可愛くお願いされたら、何をどうしたって断れない。
特に彼女にベタ惚れなアイオロス。
ここに来てやっと想いが通じ合い、アシュと交際出来る事になったのだ。
浮かれて気前が良くなるのは、幸せいっぱいの男性にとっては珍しくない現象。
一旦は買わないと言ったものの、堂々と手を繋いで歩ける『恋人同士』となって初めての彼女からのお強請りでもある。
それを断るなどという強固な態度は、アイオロスに取れる筈もなかった。


「これは……、山羊とライオン?」
「あぁ。アシュがシュラとアイオリアだからと、選んだんだよ。」
「では、そっちのは?」


シュラはソファーの右端に置いてあった仔山羊とライオンのぬいぐるみから、反対の端へと視線を移す。
そこには毛並みの良い馬のぬいぐるみと、可愛らしいピンク色のテディベアがあった。


「その馬は俺だそうだ。で、ピンクの熊はアシュ。」
「ほう。ならば、この体勢は貴方の『願望』という事だな。」
「は、体勢?」


シュラは一体、何を言っているのだ?
頭の上に疑問符を浮かべ、アイオロスがソファーの上に座っている馬と熊のぬいぐるみに視線を落とす。
と、よくよく見れば、馬が熊を押し倒し、背後から圧し掛かっているような体勢になっているではないか。
それに気付いて、アイオロスは慌ててぬいぐるみを手に取ろうとし、だが、焦りで返って上手く掴めずアワアワと慌てふためいた。





- 1/4 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -