アイオロスは慌ててアシュをソファーに降ろすと、自分もその横に座った。
このまま腕に彼女を抱いていたら、意思を振り切った身体が勝手に良からぬ事を仕出かしそうで、そんな自分が恐ろしい。
だからといって、アシュから完全に離れてしまいたくはないとも思ってしまう自分に、アイオロスは心の中で苦笑する。
だが、そんな葛藤する心の様子を表面には微塵も出さずに、アイオロスは隣に座ったアシュの腰に手を回した。


「アシュ、明日なんだけどな。シュラに頼んで、休暇を取れないか?」
「休暇? どうして?」
「明日は俺も休みだから、一緒に市街にでもどうかなって思ったんだけど、駄目か? ほら、いつもアシュに任せっきりで、何でも揃えて貰ってるだろ? たまには一緒に選んだりとか、なぁ。そういうのも良いかと思って……。」


何てたどたどしい言葉だろう!
自分で自分に平手打ちしたくなる衝動を堪えながら、心の中の苦笑いを深めるアイオロス。
全く、これでは十代の少年のようではないか。
流石のアシュにも呆れられそうだな、こんなデートの誘い方では……。


「勿論、行くわ。休みなら大丈夫。シュラは駄目って言ったりしないもの。」
「そうか、良かった。じゃあ、明日の朝、ココで待っているから来てくれ。」


コクンと嬉しそうに頷くアシュの仄かに赤く染まった頬を見て、ホッと安心するアイオロス。
腰に回していた腕を上げると、その手をアシュの頭に置き、そのままクシャッと撫で回した。
まるで小さな子供に対してするように。


「やだ、ロスにぃ! 髪がクシャクシャになっちゃう!」
「あぁ、スマンスマン。」


スマンと言いつつも、顔には満面の笑みを浮かべているアイオロス。
その笑顔は明るく、そして、爽やかでいて、なのに何処か色っぽくて。
その眩しさに真っ直ぐ見ていられなくなったアシュは、頬を染めたまま小さく俯いた。


アイオロスの笑顔は、昔から素敵だった。
太陽のようにパッと笑って、その笑顔一つで周りの皆を元気にしたり、勇気付けたり、幸せにしてくれる。
そんな魔法のような笑顔だった。
勿論、その笑顔の力は今でも変わっていない。


だが、今ではそこに新たな力が加わっている事を、アイオロス自身は気付いていない。
アシュにとっては、それがいつも不安の種だった。
時に甘く、時に切なく、その魅力的な笑顔を変化させるアイオロスは、そこにいる多くの女性達の心をいとも簡単に虜にしてしまう。
しかし、彼女達の心を奪ってしまった事に、当の本人であるアイオロスは全く気が付いていないのだ。
そんなアイオロスの姿を傍で見ていて、いつかこの人に心を奪われた誰かが、彼の心を奪い返してしまうのではないかと、それ程の素敵な女性が現れるのではないかと、それが怖かった。


「アシュ? どうした?」
「あ、うぅん。何でもないよ。今、お弁当、取ってくるね。待ってて。」


黙りこくってしまったアシュに、どうしたのだろうと、その顔を覗き込むアイオロス。
その声に、パッと顔を上げたアシュは、慌てて立ち上がると、小走りにキッチンへと消えてしまった。


そう言えば、アシュの作った弁当を食べるために、ココまでわざわざ下りて来たんだっけか……。
アイオロスはアシュとのひと時のやり取りに夢中になっていたあまり、自分が何の目的で人馬宮に戻って来たのか、それさえも忘れていた。
だが、そんな彼の心の動きなど、勿論、鈍いアシュは気付いていなかった。


アシュの事を深く想いながらも、彼女が自分を兄としてしか見ていないだろうと思い込み、自制し続けているアイオロス。
アイオロスの事をずっと恋い慕いながらも、自分では彼に釣り合わないと半ば諦めてしまっているアシュ。
二人の心は未だ交差する事なく、すれ違い続けていた。



→第7話へ続く


- 3/3 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -