6.ぎこちない時間



息を切らして走り、辿り着いた人馬宮。
慌ててプライベートルームの中へ入っていったアイオロスだったが、そこにアシュの姿はなかった。


おかしいな。
自分を待っている筈なのに……。


そう思いながら、アシュの姿を探して、あちらの部屋こちらの部屋と覗いていく。
寝室にもキッチンにも見当たらず、結局、最後に覗いた浴室にアシュの姿はあった。


彼女は浴室の真ん中に頑丈そうな木箱を運び入れ、更にその上に、背もたれのない丸いスツールを乗せているところだった。
まさか、あの上に乗るつもりなのか?
あんな安定しない足場に乗るなんて、男性や身の軽い子供ならまだしも、大人の女性では危険なだけではないか。


だが、そんなアイオロスの心配など当たり前に知らないアシュは、長い女官服のスカートをたくし上げ、その上に乗ろうと、椅子をよじ登り始めた。
足場はグラグラと不安定に揺れ、更には、その上に乗ろうとしているアシュの豊かにふっくらとした女性らしい身体も、身軽というには程遠く、見ていてハラハラとする危ういバランス。
浴室のドアのところから覗いていたアイオロスは、その様子を見ていられなくなって、思わず中へと飛び出していた。


「危ない、アシュっ!」
「え?! どうして、ロスに――、っと! きゃあっ!!」


――ガターーンッ!!


椅子が倒れる音が派手に鳴り、浴室の壁を反響してくぐもった音が繰り返される。
徐々に低くなり消えていく音の中、アシュは驚きで目を見開きながら、アイオロスの事を見上げていた。
椅子が倒れて落ちた筈なのに、何故か今、目の前にアイオロスの顔を見上げている不思議に、アシュは唖然として声も出せないでいる。
そう、いきなり現れたアイオロスに気を取られバランスを崩した彼女は、落下寸前に彼によってキャッチされ、その腕の中に横抱きに収まっていたのだ。


「全く……。どうしてこんな危ない事をしているんだ?」
「え? あ、あの……。」


アシュを腕に抱いたまま、倒れた椅子と木箱の置かれた場所の真上を見上げるアイオロス。
その端整な顔には、彼女の行動に対する批判か、無事にキャッチ出来た事への安心感か、苦い笑みをいっぱいに浮かべている。
そんな彼の顔を見ても、アシュはまだ何が起きたのか全く理解出来ずにいた。
ただ大人になってから初めて見る、至近距離からのアイオロスの表情に目が釘付けになるばかりで。


「そうか、電球が切れていたんだな。昨夜、入った時には気付かなかったが。」


苦笑いを浮かべたままのアイオロスが、視線を天井の電球から、腕の中のアシュへと下ろす。
と、柔らかに目を細めたアイオロスと、未だポカンとしているアシュの視線がピタリと合った。
その途端に、ハッと現実に返ったアシュ。
今、自分がどういう状態にあるのかを理解して、彼女は顔を真っ赤に染めた。





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