「……アシュ。急いで身の回りの物を纏めて、俺と一緒に来るんだ。」
「え……?」
「早く、アシュ。時間がない。」
「でも、ロスにぃに伝えなきゃ。お父さんにも……。」
「それは俺が後で伝えるから! 良いから早くするんだ!」


怒鳴り声に程近い強い口調。
まだ少年でありながら冷静で落ち着いた物腰を身に纏うシュラが、今日は酷く焦り、明らかに苛立っている。
だが、その声に吃驚して固まってしまったアシュに気付くと、シュラは慌てて彼女の目線に合わせ屈み、その髪を優しく撫でた。


「怒鳴ってスマン。だが、急いでいるんだ、時間がない。分かるな、アシュ?」
「……うん。」


アシュの部屋にある、ありとあらゆるもの。
果たしてそれが必要なのかと思えるものまで、兎に角、目に付いた全ての物を鞄に詰めて、二人は人馬宮を後にした。
磨羯宮までの道のりは、近いようで遠く、長いようで短い。
会話もないまま、シュラの冷たい手に引かれて階段を上りながら、何故か分からないが、アシュはその手を振り解きたい衝動に何度も駆られた。


辿り着いた磨羯宮は静けさに包まれ、外で降り続く雨の音がヤケに大きく響いて聞こえていた。
アシュの手を離し、伸ばしたプライベートルームの扉。
そこに一通の手紙が挟まれていた事に、アシュも気付いていた。
シュラは走り読みをすると、直ぐにそれを小さく破り、部屋の中で燃やしてしまった。


後に聞いた話だが、その手紙はアシュの父親がシュラに宛てて残していった手紙だった。
シュラはその内容を教えてくれなかったが、今のアシュには想像が付いている。
きっと自分の事を頼めるのはシュラしかいなかったから、それを手紙の形で伝えようとしたのだと確信していた。


アイオロスの従者に子供がいた事は、あまり知られていなかった。
アシュの存在はアイオロスと極近しい者、アイオリアやシュラなど、片手で数えられる程度。
聖域には、意外にも子供の姿は多く見掛けられる。
聖闘士候補生や巫女見習いの少女、聖域で働く者の子供も多数いる。
誰もアシュの存在に注意を払った者などいない。
アシュが何事もなく磨羯宮へ移れたのも、その後も何事もなくシュラの元で過ごしていけたのも、そのお陰だった。


事件後、アシュが人馬宮に立ち入る事は許されなかった。
いや、アシュだけではない、アイオリアも含めた全ての人の立ち入りが禁止された。
厳重に封鎖されてしまった人馬宮では、アイオロスの持ち物の全てが焼却、あるいは破棄され、彼があの宮にいた痕跡の全てが消された。


アイオロスの名を呼ぶ事さえ許されなかった。
彼は聖域の逆賊として貶められ、彼に繋がる全ては禁忌となった。


数日後、深い深い聖域の森の奥。
アシュの父親が首を吊った状態で死んでいるのが発見された。
自殺だった。





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