見つけたのは数日前、市街へと出掛けた時の事。
いつものように人馬宮に置くインテリアを少し買い足そうと寄った雑貨店。
リビングに掛けるシンプルな壁掛け時計が欲しいと店内を見回していた、その時。
アシュの目を釘付けにしたのが、このガラスの木だった。


ひと目で心奪われてしまった。
どうしても欲しくて、我慢出来なくて。
でも、このような物を買って帰ったら、アイオロスが何か言うのではないかと、それが心配で。
それでも、欲しいと思う気持ちには抗えず、思わず買ってしまった。
それはアシュにとって、生まれて始めての衝動買いだった。


このガラスの木は何となく、あの約束を交わした木を思い出させる、そんな気がする。
これを目に付く場所に置く事で、アイオロスがあの日の事を思い出してくれたら。
だが、アシュが抱いたそんな淡い期待は、未だ実ってはいない。
彼は思い出す素振りすら、まだ見せてはくれないから。
それでも、アイオロスもこのガラスの木を気に入ってくれた。
今は、それだけでも良かった。


そういえば……。


ガラスの木から目を外したアシュは、ゆっくりと入口のドアへと視線を向ける。
開けられる気配のない扉だが、今にも誰かが開けそうな気がして。
動かぬ扉を、ただジッと眺めた。


……あの日。
十三年前のあの日も、こんな風に一人、ぼんやりとソファに座っていた。
外は空全体を覆う濃い灰色の雲と降り続く雨のために真っ暗で、幼いアシュの心は言い知れぬ不安に襲われていた。
部屋の中には誰もいなかった。
宮主であるアイオロスも、その従者であるアシュの父の姿も見当たらなかった。
たった一人、人馬宮に残されていたアシュは、心の底から込み上げてくる不安に耐え切れず、アイオロスを探しに行こうと思った。
その時だった。


――ドンドンドンッ!


プライベートルームの扉を強く叩く音。
その音に驚き、ビクッと身体を竦めたアシュは、その場に固まり息を呑む。
だが、扉を叩く音は止まず、それどころか、より焦燥した様子で、一層強く早くノックの音が響いた。


――ドンドンドンドンドンッ!!


「……だ、誰?」
「俺だ、アシュ。シュラだ。」
「シュラにぃ?!」


慌てて扉を開けると、そこには黄金聖衣を装着したシュラの姿があった。
降り続く雨に全身は濡れ、息がかなり上がっている。
そして、輝く黄金聖衣を伝い落ちる雫には、赤い絵の具を溶かしたように滲んだ赤色が混じり、戦闘を終えたその足で、真っ直ぐココに来た事を物語っていた。
しかも、それはただの戦闘ではない。
シュラの息が上がる程、シュラが苦痛に表情を崩す程の戦闘だ。
赤子の頃より間近でアイオロスに接してきたアシュは、それを本能で察していた。





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