食事を摂っていなかったせいか、少し目眩を覚えたアシュリルは、デスクの上の果物に手を伸ばした。
正直、食欲はあまりなかったのだが、何も食べないと身体が持たない。
水を一口、口に含んだ後、アシュリルは真っ赤な林檎を手に取った。
手の中の林檎を見つめ、思い出すのは一昨日の夜の事。
あの林檎酒は、アイオリアのためだけに作ったものだった。
彼への想いをふんだんに籠めて漬けた林檎酒。
聖戦が勃発し、一度は彼に渡す事を諦めた、あの林檎酒。
辛い時を経て、やっと彼に飲んで貰う事が出来た林檎酒。
もう一度、アイオリアに飲んで欲しい。
そして、美味しいと一言、はにかんだ笑顔で言って欲しい。
だが、ココに閉じ込められている限り、それは叶わないのだろう。
アイオリアのためにしたいと思う事、その全てを、今は封じられてしまっているのだ。
ただココにある事、それ以外を許されない身。
切ない気持ちを胸に抱き、アシュリルは林檎を一口、齧った。
途端に、口内いっぱいに広がる甘酸っぱい果物の味。
その甘酸っぱさに、胸の切なさが増加していく気がした。
口内を占める甘酸っぱさ、視界を覆う夕焼けの赤。
全てがアシュリルを、終わりない悲しみへと導く。
――ガチャッ!
その時だった。
入口の扉が勢い良く開き、アイオリアが姿を現した。
ハッとして顔を上げたアシュリルの視界の中、夕陽に染められたアイオリアもまた、とても苦しそうな顔をしていた。
険しい表情。
悲しみを湛えた瞳。
強く噛んだ唇。
互いに想い合い、心を傾けてひたすらに愛する人と、たった二人きりだと言うのに、ココには痛みしか存在しない。
これから始まるだろう長く濃い夜は、ただ傷口を広げ合う深い暗闇でしかないのだ。
「アシュリル……。」
なんて苦しそうな顔で、声で、私を呼ぶのだろう、この人は。
この想いを受け入れてくれれば、二人で幸せになれるかもしれないのに、頑なに拒み続ける不器用なアイオリア。
そんな彼が、こんなにも愛おしい。
思えば、この不器用さ、この頑固で真っ直ぐな性格も、心惹かれた一因だった。
そういうところが彼らしく、好きだと思っていた。
初めて出逢った少女の頃から、ずっと……。
アシュリルは椅子から立ち上がると、ゆっくりとアイオリアに近付いて行った。
手にしていた林檎が滑り落ち、コロコロと床を転がる音にも目を向けなかった。
ただ目の前に立つアイオリアだけを、その夕陽に染まる頬を、緑に輝く瞳をジッと見上げていた。
精一杯、背伸びをして、アイオリアの唇に掠めるようなキスをする。
ただ触れるだけ、挨拶のような軽いキス。
それにも係わらず、アイオリアは驚いたように目を大きく見開いた。
そんなアイオリアの視界の中、躊躇いもなくバスローブを脱ぎ、床に放り投げるアシュリル。
大胆なその行動に息を呑むアイオリアの首に腕を回し、今度は深い深い濃厚なキスを仕掛ける。
最初は戸惑いがちだったが、直ぐに欲に飲まれ、同じだけ深いキスを返すアイオリア。
アシュリルを折れそうな程に強く抱き締めると、縺れるように歩を進め、小さなベッドへと倒れ込んだ。
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