7.朱に沈む部屋



辿り着いた廊下の突き当たり、そこは小さなバルコニーになっていた。
丁度、西向きに拓けた視界には、聖域の深い森が鬱蒼と茂り、その向こう側へと、赤く大きな太陽がゆっくりと沈もうとしている。
その強い夕日の『赤』に染められて、神聖なる森が今にも燃え出しそうに見えた。


「ココから夕陽を見ていたんだ。いつも、こうして一人で眺めている。」


絶景だった。
こんなにも美しい夕陽を見られる場所は、この聖域の中では他にないだろう。
アシュリルも、その圧倒的な光景に目を奪われ、手摺りから身を乗り出して眺めていた。
心が洗われるような情景、この聖域も世界も、そして自分自身さえも、真っ赤に染め替えてしまう、あの大きな夕陽の力に、言葉も出てこない。


「綺麗……。」


それが精一杯の感想だった。
他の言葉が出ない程に、美しく染まる赤。
何度となく夕陽を眺めてはきたけれど、こんなにも素晴らしい夕焼けの景色は、今日、初めて見たとアシュリルは思った。
自然と零れ出る溜息、世界は朱(アケ)に染まり、傍らにはずっと恋焦がれ続けてきた男性がいる。
愛するアイオリアと二人きり、この美しい景色を二人占めにし、心の中も朱(アケ)に染まっていくようで。
高鳴る胸の鼓動さえも、真っ赤に燃え出すのではないかと感じる。


「疲れた時や、何もかもを忘れたい時、一人きりになりたい時、ココはうってつけの場所だ。」
「アイオリア様は、いつもこのような素晴らしい景色を一人占めにされていたんですね。羨ましいです。」


アイオリアとの会話の間も、食い入るように広がる景色を眺めているアシュリル。
そんな彼女を、アイオリアは目を細めてジッと見つめていた。
アイオリアの目には、世界を赤く染める夕陽よりも、それによって赤く染められたアシュリル自身の方が、ずっと美しいものに見えていた。


「羨ましいか?」
「はい。それはもう。」
「だが……。一人きりで見る夕陽は、寂しくて切ないぞ。それが美しく、圧巻であればある程、な。」
「アイオリア、様?」


耳に飛び込んだアイオリアの言葉と、その声の苦しそうな音に、アシュリルはハッとして真横の彼を振り返った。
クセのある金茶の髪も、日焼けした頬も、逞しい体躯も、身に着けている真っ白なシャツも。
その全てが朱色に染められた中、アイオリアのその表情は厳しく、そして、悲しそうで。
眼前のアイオリアの、その思いも寄らない辛そうな表情に、アシュリルは何事かと心配げに、その顔を覗き込んだ。


「アイオリア様?」


もう一度、呼ばれる名前。
愛しい女性の、小さな唇から零れ出た自分の名前。
アイオリアの中で、何かの壊れる音が鳴り響いた。





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