暫くして、最初に浴室から戻って来たのは、アイオロスだった。
日焼けした肌に逞しく鍛え上げられた身体、借りた黒のハーフパンツ一枚に首からタオルだけを下げている。
兄のシュラよりも更に隆々とした胸の筋肉を惜しげもなく晒したその姿を、アシュリルはまともに直視出来なくて、僅かに頬を染めながら視線を外した。


「アイオロス様。本当にすみませんでした。お洋服、兄さんのでも大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。シュラとは体格もそんなに違わないし、自宮に戻るまでだからね。」


気にしなくても良いと、いつもの爽やかな笑顔で言うアイオロス。
その言葉に、アシュリルはホッと胸を撫で下ろした。
それでも、まだ不安は残る。
アイオロスは許してくれても、彼の弟の方は、どうかは分からない。
何しろ、短気で有名だ。
その上、彼の事を想っているアシュリルにとっては、アイオリアを怒らせてはいないかと、そればかりが気になって仕方がない。


「あの……。アイオリア様は、怒ってない、ですよね?」
「ん? アイオリア?」


落ち着かない様子で尋ねてくる、アシュリルの心配げな表情。
人の気持ち、特に恋愛関係には鈍いアイオリアと違い、昔から人を良く見ているアイオロスは、その鋭い観察眼から直ぐにピンときた。


「知らなかったな。アシュリルはアイオリアの事が好きなのか?」
「え、どうして?! あ……。いえ、あの、そのぉ。」


いつも大人しく、落ち着いた雰囲気を纏うアシュリルが、その小さな顔を真っ赤にしてたじろぐ姿。
そんな姿も可愛らしいなと思いつつ、アイオロスは爽やかな笑顔を崩さない。
この子はアイオリアと同じくらい、嘘が下手だ。
真っ正直ゆえに隠し事が出来ない、今時、珍しい純粋な女の子、いや女性と言うべきか。
そんなアシュリルを真っ直ぐに見下ろし、アイオロスは浮かべる笑みを崩さずに言った。


「好きならば、その気持ち、伝えれば良いじゃないか? 何故、言わない?」
「そんな、言える訳ないです!」


サラリと言ってのけるアイオロスに、アシュリルは目を見開いて抗議した。
そんな簡単に言える事なら、こんなにも悩んだりしない。
アイオリアの一挙手一投足に一喜一憂して、嬉しくなったり悲しくなったり、そんな毎日を過ごしたりしない。


「どうして? アイオリアの性格は良く分かってるだろう? アシュリルの気持ちを無碍にはしないと思うけど。」


アイオロスの容赦ない追求。
人の気持ちに鈍くはないが、女心に疎いアイオロス。
彼は、こういう時に気を遣う事がない。


「どうしてって、怖いからです。」
「怖い? 失恋するのがか? そんな事を言ってたら、一生、恋愛なんて出来ないぞ。」


不意に、アシュリルの表情が曇る。
そうではない、違うのだと、そう言いた気に左右に振られる小さな頭。


「違います。失恋なんて怖くない。怖いのは無くす事、失う事です。私はこれ以上、何も失いたくないんです。」


その言葉に、目を見開くアイオロス。
アシュリルは悲しそうな笑みを浮かべた後、クルリとアイオロスに背を向けた。



→第6話へ続く


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