刹那、アシュリルは確信した。
こんなにも彼の事が好きだったのだ、と。


『好き』という言葉だけでは足りない。
それは間違いなく『愛』だった。
自分は彼の事を愛しているのだ。
この心も身体も全てが、ただ彼だけに向かっていると、この時、アシュリルはハッキリと理解した。
五年という歳月を経て、少女の淡い恋心は、いつしか胸の奥の全てを占領するまでの大きく強い愛へと変わっていたのだ。


黄金の獅子と謳われるアイオリアの、堂々とした大きな背中。
瞬きもせずに凝視していた彼女の視界の中、その背中が次第に霞んでいく。
気付かぬ間に瞳に浮かび上がっていた涙の粒が、次々と流れては溢れ、流れては溢れて、アシュリルの白く美しい頬を濡らしていた。
ただ、当の本人だけは、自分が涙を流している事にも気付かずに、身動きもせず、ただ立ち尽くしたままアイオリアの後ろ姿を、ずっと見つめ続けていた。


「……アシュリル。」


不意に、群集の喧騒を飛び越え、自分の名を呼ぶ声が響いた。
だが、その声に反応する事すら出来ず、ぼんやりと黄金の獅子の後ろ姿を眺め続けるアシュリル。
それでも、強い力に引き寄せられ、逞しい腕の中に閉じ込められた頃には、ボンヤリと霞んでいた視界もクリアになっていた。
水底に沈んでいた意識が、ゆっくりゆっくりと浮かび上がってくるような感覚。
冷たい黄金聖衣に阻まれながらも、確かに聞こえてくるこの鼓動は、夢でも幻でもない。
それは本当にそこにいて、自分をしっかりと抱き締める人の体温すら伝える力強い心音だった。
何も言わず、ただ強くアシュリルを掻き抱く兄・シュラの音。


「にい……、さん?」
「あぁ、そうだ。」
「本当に……、本当の兄さん?」
「あぁ、本物だ。すまなかった、アシュリル。辛い思いをさせたな……。」


ギュッと押し付けていた胸から顔を離し、見上げれば、兄の深い瞳と出会う。
同じだけの苦しみと悲しさとを、その奥に宿した漆黒の瞳。
その瞳を見つめ、アシュリルは何度もフルフルと首を左右に振った。
辛い思いをしたのは、自分だけではない。
過酷な闘いの果てに命を落とした兄の方が、きっともっと辛かった筈。


今はただ、大切な人が、大切な兄が戻って来たと、その事だけを強く噛み締め、喜びを分かち合いたいと、その思いでいっぱいだった。
女神の起こした奇跡に、神々からの慈悲に、感謝の気持ちを強く抱きながら、今、この時は、辛い思い出は全て忘れたいと思った。
これは夢ではなく、確かな現実なのだ。
触れる兄の体温に、伝わる鼓動に、アシュリルの唇から安堵の溜息が零れる。


そして――。


落ち着きを取り戻した心で、もう一度、愛しい人へと向けたアシュリルの視界の中。
彼は強い瞳で、ジッとこちらを見つめていた。
それだけで酷く心が揺れる。
ハッと息を呑み、ギュッと胸の前で両手をキツく握り締めたアシュリルの肩に、シュラは優しく手を添えた。





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