4.激動の時



それから五年の歳月が流れ、聖域は激動の時代を迎えた。
既に十三年も前に、女神が降誕されているのだ。
いつかは始まると分かっていた聖戦だったが、それでも、訪れた厳しい闘いの日々に、アシュリルは辛い時を送っていた。
自分にとって大切な人達が命を懸けて闘っている中、ただ守られるだけの存在である事が何よりも辛かった。
何も出来ない事、何の力にもなれない事がもどかしく、自分という人間の存在意義すら見失いそうになる。


苦難の闘いに挑む兄の、そして、愛しい人の、その後ろ姿を見送る事しか出来ない自分。
遠くからですら、闘う姿を見る事は叶わないのだ。
危険区域に指定された場所には、力のない一般人は立ち入る事を許されない。
それは勿論、十二宮を遠くから眺められるような距離にすら近寄れないという事。


女神を名乗る少女と、その少女を守る青銅聖闘士の少年達が攻め入ってきた時。
安全区域へと避難した後は、なかなか伝わってこない情報の遅さに苛立ったり、不安に叫び出しそうになったり。
アシュリルは自分でもコントロールがままならない感情に振り回されながら、長い長い十二時間を過ごしていた。


そして――。


たった一人の肉親、アシュリルの頼れるただ一人の兄・シュラが、聖戦を目前にその命を落とした。
シュラだけではない、毎日のように磨羯宮へと顔を出し、アシュリルに声を掛けてくれていたデスマスクも。
優しい気遣いで彼女の心を和ませてくれていたアフロディーテも。
他にも沢山の聖闘士達が命を落とし、激闘の爪痕が色濃く残る十二宮には、拭い切れない悲しみが横たわっていた。


覚悟はしていたものの、持ち主のいなくなった山羊座の黄金聖衣を前に、アシュリルは言葉を失い、ただひたすら声を上げ泣き続けた。
一生、枯れないのではと思える程に、泣いて泣いて泣き続けた。
そんな彼女を、亡きシュラに代わって、支えて上げたいと思うアイオリア。
だが、刻々と迫り来る聖戦の時を感じ、彼はその手を差し伸べられずにいた。


多分、聖戦の後、黄金聖闘士である自分が生き残る事は難しい。
この手を伸ばし、アシュリルを抱き締めたとして、また直ぐに彼女を悲しみの淵へと追い込んでしまうだろう。
そんな思いを二度もアシュリルにさせるくらいなら、何も言わず、この想いは心の内に閉じ込めたまま、別れを告げた方が良い。
そうしてアイオリアは、五年も前に買ったあのシルバーのバングルを、結局、最後までアシュリルへ渡せぬままに、聖戦の日を迎えた。





- 1/5 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -