男と女と心と身体



「ただいま〜。」


この宮に住まわせてもらうようになってから、日課となっていた夕方の買い出し。
聖域内にある市場とココの往復は、部屋に閉じ籠もり気味の私にとって、良い運動となっていた。
外は夕方とはいえ、まだ高い夏の日差し。
私は額に軽く掻いていた汗を無造作に手の甲で拭い、部屋の扉を開けた。


「おかえり、アリナー。」
「……アイオリア?」


西日の燦々と当たる窓辺に、男性の黒いシルエットが見える。
その影の線だけでもハッキリと分かる筋骨隆々とした身体付き。
刺さるような日差しの中、目を細めて近寄れば、少しだけ当たりの弱くなった光を背に、半身を捻ってこちらに視線を向けたアイオリアの表情が、微かにではあれど読み取れた。


「何しているの? そんなに眩しいところで。」
「ん? 少しだけ光を浴びたくてな。」
「日光浴? こんな時間に、こんなところで?」
「今日は執務当番だったからな。外にあまり出られなかったから。」


アイオリアが事務仕事を苦手としているのは、誰もが知っている事。
特に、こんな天気の良い日は外に出て、身体を思い切り動かしていないと気が済まない人なのだ。


私は彼の隣に並ぶと、その精悍な横顔を見上げた。
沈みゆく夕陽を黙ったまま眺めるアイオリアの、ギリシャ彫刻そのままに凛々しい闘士の顔、強い光を宿す緑の瞳。
そして、その身体を覆い形作る筋肉は、内に漲る力にはち切れんばかりで、ただ眺めているだけでも溜息が零れ落ちそうになった。


「っ? どうした、アリナー?」
「何となく……。ただ抱き付きたくなったの。」
「いきなり、どうしてだ?」
「だって、アイオリアの身体が……。」


あまりに素敵過ぎて、どうしても抱き付かずにはいられなかった。
ギュッと腕を回して、その胸に、その身体に埋もれたかった。
出来れば、太く力強い両腕で抱き締め返して、そして、その逞しさを全身で感じさせて欲しい。


「変なヤツだな、アリナーは。俺は他人の筋肉を見ても、抱き付きたいなどとは思わんぞ。」
「それはアイオリアが男性だからよ。貴方がそんな事を感じたら、男好きだと思われるわ。」


男と女じゃ感じ方なんて全然違う。
私は女だから、彼の美しい筋肉を見て惚れ惚れとし、抱き付きたい、抱き締められたいと感じる。
そして、抱き締められれば胸の奥がドキドキと高鳴り、心が高揚していく、それは当然の事。
それが愛しい相手なら、尚更に。


「そうか、なる程な……。つまりは、俺がアリナーの豊かな胸や身体の柔らかなラインを見て、抱きたい、押し倒したいと思うのと、今のアリナーの気持ちは同じだという事か。」
「ま、まぁ、そうかな。男の人の方が、ちょっと直接的だけれど……。」


ホンの少しだけ苦笑いを浮かべて、私はアイオリアの胸に顔を埋めた。
分厚い胸板の奥から響いてくる彼らしい力強い心音は、押し当てる耳に心地良くて。
不思議な安心感に包まれながら、うっとりと目を閉じる。
男の人の逞しい身体に身を預け、安心感を覚えるのは、やはり私が女だからだろう。
なら、男性なら、どう思うの?


「そうだな……。アリナーの華奢な身体を腕に感じる度に、俺が守らなければと強く思う。」
「守りたいのは私? それとも……。」
「全てだ。アリナーも、アリナーの住むこの世界も、世界の平和を願う女神も、な。」


全て守りたいだなんて、大きい事を言うのも、また男の人らしい。
でも、アイオリアなら実際に、その言葉通りにするのだろう。
全てを守るために、自らの命を投げ出してでも闘う、そんな人。
ならば私は、そんな彼のために穏やかで心地良い家庭と生活を守ってみせよう、そう思う。





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