豪華なホテルの一室で



どっしりと重たい扉を開くと、目の前には一面の夜景が広がっていた。
訪れた者に、この夜景を見せるための演出なのだろう。
キーをホルダーに差し込んでも、部屋に灯るのはエントランスの微灯だけ。
入室した者の目を釘付けにし、賞賛の声や、感嘆の溜息を漏らす事を念頭に、入口の扉の真正面に市街を一望出来るよう大きな窓を設えてある。
効果的な設計だと思った。
流石はアテナ、流石はグラード財団、と言ったところか。
ホテルの部屋ひとつ取ってみても、細部にまで余念がない。


そして、そんなホテル側の演出に、見事に引っ掛かってくれた者もいるようだし……。


「うわぁ、綺麗! 凄い夜景! こんなお部屋に入ったの、初めてです! ……って、こんな大はしゃぎしてる場合じゃなかったですね。アイオリア様、具合は大丈夫ですか?」


眼下に広がる美しい夜景に見入っていたアリナーが、現実を思い出して振り返った時。
俺は部屋の隅に設置されていた冷蔵庫から、良く冷えたビールを取り出したところだった。


――キュポン!


小気味良い音が響き、ビールの缶が開く。
それを、そのまま口元に運ぶと、俺は一気にそれを飲み干した。
ゴクゴクゴク。
喉を通り過ぎていく炭酸の刺激と、冷たいビールの感触が心地良い。
これからの長い時間を思えば、これは景気付けの一杯と言ったところか。


「あ、アイオリア様っ?! 何をしてらっしゃるのですか?!」
「何って、見て分からんのか? ビールを飲んでいる。」
「さっきまで酔っ払ってベロベロだった方が、更に飲んでどうするんです?!」
「酔いなら、もう覚めた。」


言うと同時に、その場で軽くスクワットをしてみせた。
明らかに酔ってなどいない証拠だ。
アリナーは目を丸くして、キョトンと俺の姿を見ている。
そう、さっきまでの俺は『演技』していたのだ。
強かに酔っ払って、歩いて帰る事が困難だと思わせるように、フラフラの態を装っていた。
アリナーを首尾良く、この部屋へと誘導するために。


「ど、どうりでおかしいと思いましたよ! アイオリア様が、あの程度の量で酔っ払うなんて有り得ないですし、休憩用にお部屋を取ろうと思ったら、もう既に用意してあるとか言い出すし、部屋に入ってみれば、こんなに豪華なお部屋ですし。」


ここにきて、鈍いアリナーも、やっと気付いたらしい。
このジュニアスイートの部屋が、あらかじめ用意されていたものだと。
そして、俺が酔っ払って歩けない演技をして、彼女をココへ押し込めた事も。





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