チョコレート・チョコレート



「アイ、オ、ロス……。」
「ん? 何、アナベル?」
「な、んで……?」


どうして、こんな事になっているのだろう?
背中には、やや固めのソファーの感触。
目の前には、ゾクゾクとする程に艶を帯びたアイオロスの微笑。
そして、その逞しい肩越しに、冷たく光る石造りの天井が見えている。


そう、私は今、アイオロスの守護する人馬宮のリビングにいて、何故かソファーの上で彼に組み敷かれていた。
肩を手で押さえ付けられる感触に、無意識に身動きをすると、背中の下から革張りのソファーがギュッと鳴く音が響く。
眼前のアイオロスは、あんなにも柔らかな笑みを浮かべているのに、押え付ける腕の力は、それと反して凄く強くて。
私なんかでは、幾らもがいたところで、ビクともしない。


「ど……、して……?」
「どうして? そりゃあ、だって、この『甘いお菓子』は早く食べてしまわないとダメなんだろう? さっき、アナベルがそう言ったじゃないか。」
「ち、違っ! そういう意味じゃ……、んんっ!」


本当に、そう思い込んで、勘違いしているのだろうか?
いや、そんな事はない。
分かってて言ってる、アイオロスは。
私は甘く、それでいてほろ苦いチョコレート味のするアイオロスの深い口付けを受けながら、次第にぼんやりとしていく思考の片隅で思った。


今日はバレンタインだった。
アテナ様の持ち込んだ日本の習慣に従い、この聖域でも女官達は浮き足立っていた。
意中の黄金聖闘士様にチョコレートを渡したいと、皆、あれやこれやと作戦を練っている様子で。
私は、というと。
午後からの仕事が休みだった事もあって、数日前、アイオロスが零していた事を叶えて上げようかと、人馬宮に来ていた。


「おっ、美味そうだなぁ。そういうの、一回で良いから、食ってみたいな。」


お昼休みの執務室。
持参したお弁当を食べながら、ぼんやりと眺めていた雑誌のページ。
時期も時期だけに、内容は何処を開いてもバレンタイン一色。
たまたまアイオロスが私の後ろを通り掛った時、開いていたページに出ていたのが『フォンダンショコラ』だった。


「アイオロス、これ食べた事ないの?」
「うん、ないなぁ。チョコレートは好きなんだけど、こういうの外で注文するのは、何か恥ずかしくってさ。」


それは分かる気がする。
アイオロスみたいな体格も良くて見た目も格好良い男の人が、お店で見るからに甘いスイーツを注文するのは勇気がいるのよね。
ただでさえ目立つから、やっぱり恥ずかしいんだろうな。
女の子と一緒なら、まだ頼み易いみたいだけど。


「まぁ、一緒に行ってくれる女の子がいるなら良いけどね。」
「いないの?」
「残念ながら。」


ちょっと意外。
いや、返ってアイオロスらしいかも。
こういう一見女性受けの良さそうな人は、意外にモテなかったりするのよね。





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