この蒸し暑い中、デスクに噛り付きで書類と格闘していると、頭がおかしくなるような感覚に陥る。
冷房なんて素敵なものは一切ない、この聖域、この教皇宮。
放っておくと次第にダラけていく身体を何とかシャキッとさせようと、手を伸ばして水の入ったカップを手にしたところで、不意に熱い視線のようなものを感じて、私はハッと周囲を見回した。


だが、誰も私の事なんか見ていない。
皆、同じように暑さと戦いながら、黙々と書類にペンを走らせている。
気のせいかと思い、水を一口飲んだ後、再び書類に目を落とすと、またも焼け付くような視線を感じた。


誰?
慌てて顔を上げたが、やはり誰も私など見ていない。
本当に気のせいなのだろうか?
疑問に思いながらも、誰も見てないものは見てないのだからと、それを暑さのせいにしようとした。


それから、執務終了までの数時間。
熱視線を感じ、周囲を確認、誰も見ていない、を何度も繰り返し。
今日はどうして、こんなに自意識過剰になっているのだろうと、自分で自分を馬鹿にしたりして。
それでも、この暑さの中、何とか仕事を済ませる事が出来たのは、逆に暑さのお陰でもあった。
皆、この暑さに耐えながら執務をこなすより、早く自宮に帰りたかったのだろう。
余計なお喋りや時間のロスもなく、必死で仕事をこなしてくれたので、定時には予定の執務を全て終わらせる事が出来た。


「お疲れ様〜。」
「お疲れ。」


一人、また一人と、執務室から帰っていく。
それでもまだ、デスクに拘束されたままの人もいる。
私は山積みの書類と格闘するサガ様に近付くと、同じ高さに屈んで話し掛けた。


「サガ様、少し手伝いましょうか?」
「いや、大丈夫だ。急ぎの書類もないし。それに、この暑さだ。私も、もう少ししたら帰るよ。」
「本当に良いのですか?」
「あぁ。ありがとう、アナベル。」


本当に早く帰る気があるのだろうか?
サガ様の事だ。
また、そう言って誤魔化して、自分一人で仕事を続ける気なのかもしれない。
そう思いながら、軽い溜息と共に立ち上がった私は、またも先程までと同じ視線を感じて、パッと振り返った。


だが、やはり誰も私を見てなどいない。
私の視界の中には、窓の外をぼんやりと眺めているアイオロス様がいるだけだった。
もしかして? と思いながら、アイオロス様の姿を見つめる。
と、その視線に気付いたのだろう彼が、窓の外から私の方へと視線を移した。


「どうした、アナベル?」
「あ、いえ。その……。」
「??」


不思議そうな顔をして、私の顔をジッと見るアイオロス様。
この表情だ、やはり彼ではなかったのだろう。
バツが悪くなった私は、赤らむ顔を隠すように俯き、慌ててアイオロス様の腕を掴んだ。


「執務、終わったのなら、一緒に帰りませんか?」
「ん? あぁ、そうだな。」


アイオロス様と連れ立って、執務室を後にする。
外はまだ十分に明るく、吐き気がしそうな日光と暑さは、今朝と何ら変わりなかった。





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