熱帯夜



「おはようございます、アイオロス様。」
「あぁ。おはよう、アナベル。」


朝の執務室。
疲れた顔や、まだ眠たげな顔をした執務当番の黄金聖闘士達が一人、また一人と入ってくる中。
アイオロス様は爽やかな笑顔で、今日も颯爽と現れた。
朝からココは熱帯地方かしらと思うくらい暴力的な日光を浴びて、この教皇宮まで上ってきたというのに、彼は額に汗一つ掻いていない。
いつもと全く変わらない爽やかな笑顔を向けて、暑さなど、まるで感じていないかのよう。
どうすれば、そんな風に笑顔を絶やさずにいられるのだろう?
その秘訣を教えて欲しいなんて心の中で思いつつ、私はアイオロス様の顔をジッと見ていた。


「どうした、アナベル?」
「え? あ、いいえ。別に何にも……。」


アイオロス様に怪訝な顔をされて、私は慌てて首を振り、視線を逸らす。
変な人だと思われたかな?
一瞬だけ、そう思ったけど、下手に言い訳しても返って怪しいと思い、それ以上は何も言わずに、私は給湯室へと姿を消した。


今日の執務当番は、サガ様とアイオロス様、シュラ様、ミロ様、カミュ様の五人。
仮眠もロクに取っていないだろうサガ様には、濃くて苦いブラックコーヒー。
ミロ様は、ミルクとガムシロップを入れた、ほんのりと甘いアイスコーヒー。
シュラ様とカミュ様には、砂糖を入れないストレートの冷たいアッサムティーを。
そして、アイオロス様は……。


「俺には、これを頼む。」


突然、真後ろから声がして、ハッとして振り向いた。
そこには、いつの間に給湯室に入って来たのだろうか、アイオロス様がニコニコと笑顔を絶やさぬまま立っていた。
その手には、金色の茶筒が握られている。


「言われなくても分かっています。皆の好みは熟知してるんですから。」
「そうなのか? それは知らなかった。」


嘘吐きね、アイオロス様。
彼は本当に嘘が下手だ。
顔に出てるのよ、ちゃんと知ってて、そう言ってるという事が。


そんなアイオロス様の手から茶筒を受け取ると、私は彼のために熱い緑茶を淹れた。
以前、アテナ様から頂いた緑茶。
それが健康に良いと知り、それ以来、彼は緑茶を愛飲していた。


「こんな暑い日に、良く熱いお茶なんて飲めますね。」
「緑茶は熱い方が美味いからな。それに言う程、暑くもないだろう、今日は。」
「暑いですよ、うんざりするくらい……。」


アイオロス様くらいに鍛え上げたら、暑さも軽く吹き飛ばせるようになるのかしら?
綺麗な緑色をしたお茶を注いだ湯飲み茶碗を彼に手渡しながら、私はそんな事を考えていた。





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