雪の日の朝



「驚いたな。アンディ、雪だ。」


アイオロスがベッドをスルリと抜け出した気配で、薄っすらと目覚め掛けていた私の意識は、彼の上げたやや素っ頓狂に上擦った声で完全に覚醒した。
そう、いつも同じアイオロスの声。
楽しい時も、悲しい時も、怒った時も、あまり変わらない穏やかな声。
その声が、珍しく興奮した様子で弾み響いたトーンに、私は少し驚いていた。
と言っても、彼の落ち着いた深さを含む声自体には、何ら変わりはないのだけど。


「誕生日に雪、か……。」


ゆっくりとベッドの上で身体を起こすと、視界にはカーテンの開け放たれた大きな窓と、その前に佇むアイオロスの後ろ姿が映る。
窓の向こうの景色は、彼の言う通り真っ白な銀世界に変わっていた。
穢れない白い雪に、朝の光がキラキラと反射して眩しい。
そして、そんな景色を楽しげに眺めているアイオロスはというと、綺麗に日焼けした小麦色の肌に淡い色の下着一枚だけの姿で、均整の取れた堂々とした体躯を恥ずかしげもなく晒している。
それはそれで、また別の意味で起き抜けの目に眩しい。


「日本に来たお陰かな? こんな珍しい体験出来たのも。」
「日本でも東京じゃ珍しいんじゃない? この時期に雪なんて。もっと北の方ならまだしも。」


私達は半月程前から日本へと来ていた。
勿論、休暇などではなく、仕事と言うか、任務で。
アテナ様の大事なお仕事、日本政府の要人やら、財界の大物やら、そういった方々との面会の予定がこの日本で相次いでいて、アイオロスも一緒に日本へと来る事になったのである。
それはアテナ様の護衛としての役目もあったが、教皇補佐としての役目の方が、どちらかと言えば大きくて。
そのためと言うか、日本に来てからというもの、休みの日など当たり前に全くなかった。


出発前、アイオロスは「一人で行くから大丈夫だ、アンディ。」と、私の同伴を一度は断ったのだけれど、そうなれば彼の誕生日は一人で過ごす事になるし、それはあまりにも寂しいからと、少々我が侭を言って無理に日本まで付いてきた。
でも、それで良かったと今は思ってる。


だって、こんなにも忙しい毎日だ。
きっとアイオロス一人であれば、身の回りの状態にロクに気を遣う事も出来なかったに違いない。
クシャクシャに皺の寄った法衣など着て人前に出ては、しかも大事な客人が相手なら尚更、アテナ様が恥を掻いてしまうもの。
それはいけない、そんな事になっては非常にマズい。


城戸邸の一室を借りているこの部屋だって、きっとゴミ部屋と化していただろう。
何事も器用で人の手を借りる必要のないデスマスクやシュラなら兎も角、アイオロスやアイオリアのような自分一人では何の家事も出来ない人は、こういう時、従者なしではやっていけない事くらい、少しは本人達にも理解して欲しいわね。
まぁ、私は『従者』ではなく、彼の『恋人』なんだけど。





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