リビングに足を踏み入れると、フワリと良い香りに包まれた。
驚いて視線を上げれば、テーブルの上には二組のティーカップ。
お茶菓子が用意されていないのが、少々不思議だけど、まだセッティング途中なのかもしれない。


カタリと音がして、そちらの方へと目を向ける。
奥のキッチンから姿を現したアイオロスの手には、たっぷりとした容量のガラスのティーポットが握られていた。
香り高い紅茶の美しい琥珀色が、窓から差し込む光にユラユラ揺れて、彼の白い法衣に淡い色の模様を浮かび上がらせている。
それは目を見張る程に美しい光景だった。


「いらっしゃい、アナベル。」
「あ、こ、こんにちは、アイオロス。あ、あの、来客予定があるなら、私は別に――。」


二組のカップは、ココに誰かが来るだろう事を物語っている。
ならば、邪魔しちゃいけない。
咄嗟に踵を返そうとした私を、だが、アイオロスは肩を掴んで引き留めた。


「生憎、アナベル以外、誰も訪ねて来る予定はないよ。」
「で、でも、これ……。」
「うん、これね。アナベルが来ると思って、用意してたんだ。どうだ? ベストなタイミングだろう?」


私がこの宮を訪れると、予期していたというの?
この数ヶ月、彼の事を避けに避け続けてきた私を、来ると信じて待っていたと?


「だって、アナベル。毎年、必ず俺の誕生日には、ケーキを作って持ってきてくれていただろ? だから、今年も絶対に来る。俺は、そう信じて疑わなかったけど。」
「でも、あれから十三年も経っているのよ? あの頃とは、何もかも変わってしまったの。私だって変わったわ。歳も取ったし、見た目だってこんなに……。」
「それでも、変わらないものだってある。違うか?」


そうね、貴方は変わらない。
昔と同じ澄んだ青緑の瞳で、真っ直ぐに私の心まで入り込んでくところとか。
でも、私は……、私は――。


「俺以外に好きな男でも出来た? でも、そうだとしたら、今日、ココへは来なかった。そうだろ?」
「…………。」
「変わってしまったものもある。アナベルは随分と大人になって、眩しいくらいに綺麗になった。でも、アナベルの心は俺のものだ。それは何年、何十年経とうと変わらない。俺の心がキミのものであるように、ね。」


相変わらずの自己中心的思考回路。
しかも、本人はそうと気が付いていないのだから、とても厄介。
いつもいつも振り回されて、でも、それが嫌じゃなかった十三年前の自分。


「私は……、もう十歳の子供じゃないわよ。」
「それはお互い様だ。俺だって、もう十四のガキじゃない。」
「口が達者なところは変わりないのね。十三年も聖域にいなかったクセに。」
「その分、これからたっぷりとアナベルに尽くすつもりだぞ。あ、でも、明日の朝には足腰が立たなくなってるかも、だけどな。」
「も、もうっ!」


アイオロスったら、そんな事で大人になったのだと、変なアピールはしなくても良いのに。
強引に自分のペースにもっていく辺り、昔とまるで変わっていない。
真っ直ぐに彼を見ていられなくて、赤らんだ頬を押さえて俯く。
すると、すぐさまギュッと抱き締められた。
待ち望んでいた、懐かしい温もり。
落ちてくる唇の柔らかさも、何一つ変わらない。
ただ、そこから深まるキスの熱さだけは、私が戸惑う程に情熱的で。
新たに知ったアイオロスの本気に触れて、蕩け落ちそうになった私の胸の奥が、期待で大きく高鳴った。



ずっと忘れていた、こんな気持ち



「私が来ると思ったから、お茶菓子を用意してなかったの?」
「あぁ、勿論。メインはアナベルの手作りケーキだからな。それを楽しみにしてたんだ。」
「変わったものなら、沢山あるのよ。ほら、これだって……。」


テーブルに広げた包みの中からは、ふわっふわに焼き上がった自信作のシフォンケーキ。
十三年前はパウンドケーキすら、底を少し焦がしていた私だけど。
今では、これだけのものが作れるようになったの。
それもこれも全て、いなくなってしまった筈の貴方のためだけに、練習してきた成果。
貴方が戻って来なければ、報われなかった努力。


「美味い、本当に美味い。よし、決めた。これからアナベルのケーキは俺が独り占めする。良いな?」



‐end‐





ケーキと言わず、夢主さんを独り占めしちゃいそうな勢いですけどね、ロス兄さん(苦笑)
凄く久しぶりに(ドリ夢で)ロス兄さん書いたら、キャラが掴めなくなってました(汗)
ロス兄さんって、もっと爽やかで暑苦しくて、格好良くてズル賢い人ですよね(色々と矛盾してる気が;)
兎にも角にも、ロス兄さんお誕生日おめでとうございました!

2012.12.02



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