満天星の下で



七夕の夜。
もう何年も帰っていない故郷の空を思い出しながら、私は十二宮の階段をのんびりと下っていた。


日本で見ていた空は狭かった。
そして、夜の空の割には薄明るいと言うか、ぼんやりと霞んでいた。
だが、ココは違う。
灯りらしい灯りのない夜の十二宮は、星の観賞には絶好の場所。
聖域へ来た最初の年は、あまりの星の多さに圧倒されつつも、何度となく空を眺めたものだった。


見上げる視界に広がるのは、夜空一面を埋め尽くす星、星、星。
星って、こんなに沢山あるものなんだと、自分の目で見て初めて納得する。
それまでは、星座の本や理科の教科書に載っている星座の全てが、本当に存在しているのだろうかと、私は信じる事が出来ず、疑っていた。
でも、目の当たりにして、やっと理解する。
だって、こんなに沢山の星が、今、私が見上げている空に輝いているんだもの。


「あ……。」


気付けば、いつの間にか巨蟹宮まで下りてきていた。
人の気配のない宮内に、ヒタヒタと進む私の足音だけが響く。


折角の七夕だ。
デスマスクを誘って星を眺めるのも良いかもしれない。
あのやる気のない態度からは考え難いが、彼はああ見えてかなりの博識。
私の故郷、日本のことわざを知っていたり、中国の故事に詳しかったり。
きっと七夕の話も知っているに違いない。


「……あれ?」


だが、巨蟹宮のプライベートルーム内は真っ暗だった。
デスマスクの姿は影も形もない。
夜間警護の当番じゃない夜は、いつも部屋でゴロゴロしているというのに、今日に限っていないだなんて。
なんだか拍子抜けした気分だ。
デスマスクのクセに、何でいないのよ。
なんて心の中で軽く舌打ちしながら。


ガッカリした気分を抱いたまま、トボトボと巨蟹宮から出た。
でも、そんな自分が嫌で、ギュッと唇を引き結び、落胆を顔に出さないようにする。
こんな時間、どうせ誰も見ている人などいないのだから、どんな顔をしていたって、構う事などないのに。


「――てよ。オイ。待て、つってンだろ、コラ。」
「……え?」


何処からか、デスマスクの声が聞こえてきたような気がした。
幻聴?
や、でも、あんなふてぶてしい口調の幻聴なんて。


「コッチだ、バカアリア。上だ、上。」
「へ? 上?」


言われてみれば、声は上から聞こえているような……。
そう思って真上を見上げると、巨蟹宮の縁からひょっこりと白い顔が覗いているのが見えた。


「え? 何、デスマスク? 何で、そんなトコにいるの?」
「何でって、そんな気分だったンだよ。」


暗闇に響く、「よっ!」っと言う掛け声。
デスマスクの顔が消えたと思った次の瞬間、彼の姿が上空から降ってきた。
地に足が着いた際の振動もなく、夜のこの静けさの中、音すら響かせずに、軽やかに私の隣に降り立つ。


月光をその身に浴びて、スラリと伸びる長身。
それを真横で見上げる私。
迂闊にも格好良いと思ってしまった。
暗闇の中、月光に鈍く照らされた銀の髪も、白い頬も、怪しい色に輝く紅い瞳も。


「ンだよ?」
「いや、何も。」
「ふ〜ん。何も、ねぇ……。」


チラと一瞬だけ私を見下ろし、片眉を上げる。
そのクセのある表情が、また何とも……。


イヤだわ、今夜の私はどうかしてる。
デスマスクは、いつもと何も変わらないのに、私の目が勝手に彼を格好良いと認識してしまうなんて。
ホント、どうかしてる。
おかしいわよ。


「アリア、しっかり掴まってろ。」
「……え、何?」
「飛ぶぞ。」


私の許可も得ずに腰に回された腕。
それにグッと力が入り、慌ててデスマスクにしがみ付く。
途端に世界が揺れた。
でも、それはホンの一瞬の事で、直ぐに安定した地へと足が着く。





- 1/2 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -