気付けば海に来ていた。
聖域から程近い、人気のない静かな海へ。
ゴツゴツとした岩肌に腰掛け、靴を脱ぎ捨てた俺は、ジーンズの裾が濡れるのも厭わず足を下ろす。
足元をさらう波は擽ったくもあり、だが、その冷たさに心がピリリと痛んだ。


アリアは海が好きだった。
仕事の息抜きがしたいというアイツを、俺は何度かココへ連れて来た。
生真面目で、いつも頑張り過ぎで、他の女官達に上手い事、仕事を押し付けられてるアリアに、俺は言ったっけな。


「真面目過ぎんだよ、オマエは。もっと肩の力抜いて、仕事なンて適当にやっときゃ良いンだ。」
「デスマスクは適当過ぎるのよ。ちゃんと真面目に働きなさい。いっつもサガ様に迷惑ばかり掛けて。」
「うっさい、うっさい。こんなトコで説教すンなって。」


だが、アリアのストレス発散の相手として、こうして一緒に海に来るのは嫌いではなかった。
毎夜、刺激を求めて色んな女を抱いては夜の街を彷徨う俺が、唯一、穏やかな時を過ごせるのが、アリアと共にいる、この時だけだったから。


だが、俺は男で、アリアは女。
そんな当たり前の事を見落としていた。
あまりに幼い頃から傍にいて、あまりに長い時間を共に過ごしていたから、気付かなかった。


いや、嘘だな。
本当はとっくの昔に気付いていた。
青銅のガキ共との戦いに赴く俺に、アリアがみせた切ない眼差し。
長い戦いの末に、再び命を取り戻し、聖域に戻ってきた俺の前で、零れ落ちる涙を拭おうともしなかったアリアの表情。
分かっていた筈だ、知っていた筈。


「いつまで、こうしていれば良いのか分からないわ。」
「……はぁ?」
「私は……、貴方の目に、どう映っているの、デスマスク?」


アリアの切り出した言葉に、胸がドキリと鳴ったのを悟られまいと、俺はワザと間の抜けた返事をした。
心の中に広がるのは苦い想い、嫌な感覚。
それらを振り払いたくて、ソファーの上に寝そべったまま煙草に手を伸ばした。
吐き出した煙で靄(モヤ)の掛かる視界は、今の心境と似ている。
白く煙る天井を見つめ、早くこの時が過ぎ去って欲しいと心の奥で思っていた。


「私は……、ずっと貴方だけを見てきたのよ、デスマスク。」
「冗談も休み休み言え。働き過ぎで頭がイカれちまったか?」
「私は至極まともよ。知ってるクセに、私の気持ちくらい。前から――。」
「意味分かんねぇ。」


ソファーの横に立ち、ジッと見下ろすアリアの方を、俺は見る事が出来なかった。
目が合えば終わりだと思った。
だから、たった一言で早く終わりにしようと、傷つけるような言葉をワザと投げ掛けた。
一週間前、アリアと過ごした最後の夜。





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